治療不可能な恋をした
その後何人かの発表の後、セッションが切り替わる。
まず名前が呼ばれたのは、理人だった。
周囲のざわめきが少しだけ濃くなる。外科医としての名も広く知られる彼の講演は、事前から注目されていた。
片付けを終えた梨乃は、ひそかに息を整えながら客席へ戻る。席に腰を下ろした瞬間、壇上に立った理人の背中が、すっと目に飛び込んできた。
テーマは「小児心疾患における早期手術と周術期管理」。
白衣ではなくスーツ姿の彼は、普段の病棟よりも一段と引き締まって見える。照明に照らされたその立ち姿は自然と視線を集め、壇上にただ立っているだけで場の空気を掌握してしまうような──そんな特別な存在感があった。
いつもの飄々とした雰囲気はそこにはなく、理人の声は落ち着いていて、どこか冷静で凛としていた。
専門的で難解な内容の中にも、要点を押さえた語り口は聞き手を引き込んでいく。
(……やっぱり、すごい人)
そう思った瞬間、理人がふとスライドの方を指し示しながら言った。
「──もちろん、その後の長期的な予後については、小児科との連携が不可欠です。今日の前半のセッションでも、非常に参考になる発表がありました」
一瞬、理人の視線が梨乃の方に流れる。
「……!」
理人はそれ以上は言わなかったが、それだけで十分だった。
(いま、こっち見た……?)
確証はない。だけど目があった気がするだけで、梨乃の心臓は発表前よりもずっと大きく波打っていた。
胸の奥で、答えの出ない感情がまたひとつ膨らんだ気がした。