治療不可能な恋をした
「まあまあ、あとで時間あったら戻ってこいよ。とりあえず教授に挨拶だけでもしとけって!」
「人気者はつらいねー。ま、逢坂ならすぐ出世街道でしょ」
「他の奴らも来てるみたいだしさ、顔出しにいこうぜ!」
理人は梨乃の方を一瞬だけ振り返った。ただその視線は彼らの肩越しに遮られて、梨乃には彼の表情まで見えなかった。
次の瞬間には、理人は完全に輪の中に飲み込まれ、そのまま廊下の方へと連れていかれてしまった。
「…………」
誰もいなくなった隣の席に、梨乃は小さく息を吐いて目を伏せる。開きかけた唇からは何の言葉も出なかった。
(……なんか、こういうの、昔もあったな)
記憶の底に沈んでいた、あの頃の感覚がふいに顔を出す。
大学の頃。賑やかな輪の中心にはいつも理人がいて、梨乃は一歩引いた位置からその背中を眺めていた。
自分のいる世界とは、少し違う場所にいる人。そう思い込んでいた。
(そういう人だった。ずっと)
けれど──最近になって交流が増えて、さっきみたいな、心を揺らされることがいくつかあって。
ほんの少しだけ近づいた気がしていたのは、自分だけだったのかもしれない。
「……バカみたい」
かすかに呟いた声は、自分でも聞こえないほど小さかった。
静かに立ち上がると、梨乃はゆっくりと席を離れた。
ランチョンのチケットは申し込んでいなかったし、どこかのコンビニで何か買って、外の空気でも吸おう。そう思い、梨乃は鞄に荷物を詰めて立ち上がる。
広い会場の廊下には、昼食会場へと向かう人々の足音が響いていた。