治療不可能な恋をした
「失礼。今日の午前にご発表されていた仁科先生、ですよね?」
会場の端にたどり着き、テーブルに置かれたグラスを手に取ったそのとき、声をかけられて振り返る。そこには名札をつけた50代くらいの生真面目そうな男性医師と、若い女性が立っていた。
「……はい、そうです」
「やっぱり。慢性小児疾患のフォローアップに関するご報告、大変興味深く拝聴しました。とても丁寧なアプローチで、うちの病院でも活かせそうな点が多く、個人的にお話をしてみたかったんです」
「あ、ありがとうございます。拙い発表でしたが……」
「とんでもない。家族支援の視点まで織り込まれていて、現場感がある内容でしたよ」
そう言われると、少しだけ肩の力が抜ける。
(やっぱり、準備してよかった)
「仁科先生、名刺などはお持ちですか? 差し支えなければですが」
「いえ、そんな。ぜひお願いします」
名刺を交換し、それから少しだけ立ち話が続いた。隣にいた女性も医師らしく、同じく名刺を差し出しながら梨乃の話に興味深そうに頷いている。
そうしてひとしきり会話が終わる頃には、グラスの中身も半分ほどになっていた。
「それでは仁科先生。またどこかの機会でお目にかかれたら嬉しいです」
「はい。こちらこそ、お声がけいただきありがとうございました」
会釈をして別れ、名刺をバッグにしまう。
再び歩き出そうとした、そのときだった。
会場の一角で、ひときわ目立つ明るい声が響いた。