治療不可能な恋をした
「ほら、水」
「……ありがとう」
梨乃はゆっくりと身体を起こし、口元にボトルを運ぶ。
酔いは抜けきってはいなかったが、人混みを離れたことで、意識が混濁しそうな不快感は和らいでいた。
飲み終えると、理人が手を差し出す。梨乃がペットボトルを渡すと、彼は黙って蓋をしめる。
「……」
しばし、沈黙が落ちた。
もうこれで帰ると思っていた。けれど理人はその場に立ったまま、じっと梨乃を見つめている。
気まずさに視線を逸らし、少し言葉を選びながら口を開いた。
「……迷惑かけて、ごめんなさい。もう落ち着いたから、戻って大丈夫だよ」
しかし理人は動かなかった。
「……一人にしとくの、心配だから」
「……え?」
「しばらく一緒にいる。万が一なんかあったら、同行者として後味悪いだろ」
その口調には、思いやりとも、照れ隠しともつかない微妙な温度がにじんでいた。
「……ごめん」
梨乃はそれだけ言って、視線を落とす。
理人は黙ったままジャケットを脱ぎ、ソファの背に引っかけると、静かに腰を下ろした。