治療不可能な恋をした
何も返せなかった。ただ、理人の言葉が胸の奥で何かを優しく、けれど確実に揺らすのを感じていた。
会話が途切れる。静まり返った部屋の空気はどこか脆くて、少しのきっかけで崩れてしまいそうだった。
「……逆に聞くけど、仁科は、俺に出て行ってほしいわけ?」
理人の低い声が、すぐ近くで落ちた。
はっとして顔を上げると、彼はいつの間にか立ち上がり、ソファからベッドへと歩を移していた。そしてゆっくりとこちらに歩み寄りながら、言葉を重ねる。
「仁科がそう言うなら、出てくけど?」
その言い方には、冗談とも本気ともつかない、曖昧な柔らかさがあった。
ただ、梨乃を試すような色が、ほんの少しだけ滲んでいる。
そして気づけば、理人は目の前に立っていた。軽く腰を折り、片膝をベッドの縁に乗せる。
梨乃の顔が、自然と理人の顔の高さと重なる。
「……言わないの?」
睫毛の長さがわかるくらい近い距離で、低くささやくように問われる。
返事はできなかった。出て行ってほしいわけじゃない。それどころか、今ここにいてくれることに、どうしようもなく救われている。
なのに、「ここにいて」とも「いかないで」とも言えなかった。
からかわれてるなんて、わかってる。酔った女の介抱くらい、彼なら誰にでもする。
それにつけ込んで、優しいフリをすることだって、きっと、特別でもなんでもない。
──それでも、今だけは。