お淑やかでか弱いお姫様をお望みでしたら他をあたってください ~正体不明の元メイドは魔王様に自分を攫わせます~
 反射で顔を上げる。
 
 ガラスの破片がキラキラと舞い散る中、そこから現れたのは、深紅の瞳を持つ男性。漆黒の髪は、まるで闇そのものを含ませたようだった。
 男は割れたガラスを踏みしめ、悠然と大広間へと足を踏み入れた。

 護衛たちが即座に剣を抜き、男性に襲いかかる。しかし、男性は片手を軽く振るだけで、護衛たちを遠くの壁まで吹き飛ばした。鈍い音を立てて壁に叩きつけられた彼らは、苦しそうに呻くだけ。

 ルーカス様は我が身が可愛いのか、とっくに護衛の下に逃げ去ったらしい。守る気もないのに、よくもまあ、あんなに長い愛を誓えたものだ。

「どなたでしょうか」

 私の問いかけに、男性は無表情なまま。ただ一瞬、その深紅の瞳が私の頭にあるティアラを捉えた。

「返せ」

 低く、地を這うような声が響く。会場内の至る所から叫び声が響いているにも関わらず、その声はよく聞こえた。

「その魔法石を返せ」

 男性は再び、同じ言葉を繰り返す。

 深紅の瞳に、漆黒の髪。地を這うような低い声に、膨大な魔力の気配。自分の中に、1つの仮説が浮かんだ。

 もしかして、

「あなたは魔王様でしょうか」
「……」
 
 無言は肯定と捉えよう。きっと目の前のこの男性は、魔王だ。それが分かれば、こちらも出方というものがある。
 
「この魔法石がお望みなのですね」
「そうだ」
「理由をお伺いしても?」
「……それは、元は我々の物だ。盗人が勝手に盗っていただけのこと。取り返して何が悪い」

 なるほど。
 魔王様は窃盗被害に遭っていたらしい。このティアラは、こういう式典の時以外は厳重に守られているらしいし、きっと期を伺っていたのだろう。
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