破滅ルートを辿る和風シンデレラストーリーの悪役令嬢(義妹)なのに、ヒーローから溺愛されている件について
6話 贈る相手、間違えてます!


 幸い、香代子の捻挫は大したことなく、医者の湿布薬のおかげもあり翌日には歩けるまでに回復した。原作のように松葉杖は必要なく、よって亜蘭さまの送り迎えの話も出なかった。
 とはいえ、香代子の家庭教師は翌週から再開されるとのことなので、心配しなくても二人の関係は順調にいくと思われほっとする。

 歩けるとは言っても、やはりまだ万全ではなくちょっと油断するとよろけるものだから、私は登校するときも女学校での移動も徹底して付き添って肩を貸してあげていた。
 甲斐甲斐しく香代子の世話をする私を見て、取り巻き含め学校中の生徒たちは、私の改心は本物だと信じてくれた様子だった。
 それを受けて、同じ組の生徒たちも徐々に香代子に話しかけたり気にかけたりしてくれて、以前よりも周囲と馴染んでいて私も嬉しくなる。素直で謙虚な香代子が、みんなから慕われるようになるのに時間はかからなかった。

 香代子の捻挫事件から数日、私はとても心穏やかな日々を過ごしていた。家庭教師さえなければ亜蘭さまとの接点もないので、私の心が揺さぶられることもない。私は、何にも捉われることなく、学校から帰った後も本を読んだり、課題をしたり気ままに過ごしてた。

 今日は課題もないから、なんとなく縁側に腰かけて庭をぼうっと眺めていたら、「みゃー」と可愛らしい鳴き声が聞こえてきて、私は思わず草履を履いて庭に降りた。

「えっ、猫⁉ どこ! どこどこ⁉」

 一瞬でテンションが上がって私は必死になって猫を探す。
 実は大の猫好きなのに、前世では猫アレルギーのせいで抱っこどころか触ることすらできなかった苦しい思い出がある。
 けれど、小百合は猫アレルギーじゃなかった。
 何度か街で猫に遭遇して軽く撫でる程度は経験していたのを思い出して、胸が躍る。

「猫ちゃんどこにいるの? 出ておいでー」

 驚かせてはいけない、と声を潜めて鳴き声を探っていると生垣の中にその姿を見つけた。白と茶色のまだら色の猫がちょこんと座っていた。私が目線を合わせるようにしゃがんで姿勢を低くして「おいで」と手を出すと、猫はそろそろとこちらへ近づいてきた。
 敵意がないかを確かめるようにくんくんと指先の匂いを嗅ぐと、手に顔を擦り付けてきたので、私はえいっと猫を抱っこした。
 前足の脇に両手を差し込んで目の高さに持ち上げても猫はとても大人しく、嫌がる素振りも見せずされるがまま「みゃー」とひと鳴き。
 アーモンド型の目は、翡翠を溶かしたような美しい緑色をしていた。

「はわぁぁぁ……!」

 か、かわいいー……!

「お前、ご主人さまはいるの? それとも野良猫なの?」

 洋服が汚れるのも気にせず、私は猫を胸に抱きしめて手で撫でまわす。縁側に腰を下ろして膝に乗せると、猫も自らすりすりと体を寄せてきた。

「な、なんて懐っこい子なの! お前うちの子になる? あ、お腹減ってるかしら?」

 なにか食べさせられるものがあっただろうか、でもこの子を置いて離れたらそのすきに居なくなってしまうかもしれないと思い、動けずにただただ今は猫を堪能しようと撫でまわす。
 猫は汚れているし痩せこけていて、毛並みも手入れされていないところを見るとおそらく野良猫だろう。
 これはもう、猫を飼っていいわよという神のお告げに違いないと私の胸は歓喜に満ちていた。

「どうする? うちの子になっちゃう? うちの子になってくれたら毎日美味しいご飯がお腹いっぱい食べられるわよ? 冬は温かい寝床を用意するし、夏にはよく冷えた水もあげるわ。どう、とっても魅力的だと思わない?」
「――確かにそれは魅力的な提案ですね」
「へっ⁉」

 猫の毛並みを手でブラッシングしながらプレゼンをしていると、思いがけず返事をされて素っ頓狂な声が出た。
 もちろん、猫が人の言葉をしゃべるわけもなく。

「……し、志藤さま……」
「あぁ、そのままで。私もそちらに行ってもいいでしょうか」

 立ち上がろうと腰を浮かした私を手で制して、亜蘭さまはそんなことを言う。予想だにしなかった申し出に驚くも断れるはずもなく、私は仕方なしにこくんと頷いた。
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