破滅ルートを辿る和風シンデレラストーリーの悪役令嬢(義妹)なのに、ヒーローから溺愛されている件について
亜蘭さまが言う「私に」は「むぎ太郎さんに」だとわかっている。なのに私の心はいちいち喜びを感じてときめいてしまうのを止められない。勘違いをするな。私はヒロインじゃないんだから。自分に言い聞かせて、私は浮かれた心を諫める。
さ、食べましょう、と促されて、私はプリンをありがたくいただく。甘い卵の生地とカラメルのほろ苦さのバランスが絶妙で美味しかった。
「ですが、香代子さんの体調も心配なので、帰り際に様子を伺いに寄らせていただきましょう」
「はい、ぜひ……、志藤さまのお顔を見れば香代子さんも元気がでるはずです」
亜蘭さまは、むぎ太郎さんに会いに来た日は、ほぼ必ず帰りに香代子の離れを訪れていくのだ。香代子も、邪魔者の私がいるここで時間を過ごすよりも、短い時間でも二人きりで過ごせるほうが嬉しいに違いない。
亜蘭さまも、きっとそうだ。
二人きりで仲睦まじく笑いあう二人を想像してしまい、胸の底がすーっと冷えていくのを感じた。
「俺のことは……、もう名前では呼んでくれないんですか?」
「はい?」
「以前は下の名前で呼んでくれていたのに、どうして突然変わったんですか」
「えっと……」
なにが言いたいのだろう。亜蘭さまの言葉からは、まるで私にまた名前で呼んでほしいように聞こえてきて、そんなはずがないのに、と私は首をひねった。
あの頃は、とにかく亜蘭さまに少しでも近づきたくて、香代子じゃなくて私を見て欲しくて「亜蘭さま、亜蘭さま」とくっついてしまっていた。
そしてその度に、彼は明らかに困惑した顔を見せた。本当は鬱陶しくて振り払いたかったのだろうけど、相手は自分の上司の娘。邪険にできなくてさぞ煩わしかったと思う。
それに、下の名前で呼ぶことを許されたわけでもないのに、馴れ馴れしく呼んでいたのだから、亜蘭さまの私に対する印象はすこぶる悪かったに違いない。
だから私は一線を引く意味もかねて苗字呼びにしたのだけど……。
私はなんて説明すべきか、プリンとスプーンを縁側にそっと置いて頭を巡らせた。
すると亜蘭さまが「小百合さん」と名前を呼び、私の手を取った。突然のことに、体がびくりと反応してしまう。驚いて顔をあげた私を、真剣な相貌が真っ直ぐに射抜いた。時を止められたかのように、私の体は硬直して動けなくなる。
亜蘭さまに、手を握られている。
その事実が、私の頭を、心をかき乱した。
「あ、あの、手……」
離してほしくて身じろいだのに、反対に握る手に力を込められてしまう。
「俺のことが、嫌いですか」
「嫌いなわけありません!」
「では、下の名前で呼んでください」
「で、でも……、女学校で……特別親しくない異性を名前で呼んではだめだと教わりました」
苦し紛れの言い訳に、亜蘭さまは目を瞠る。
「そう、ですか……」
彼は気落ちしたように肩を落とすも、数瞬の後にはその整った顔に不敵な笑みを浮かべて「わかりました」と頷いた。
よかった、わかってもらえた……。
そう安堵したもつかの間、彼は何を思ったのか、握っていた手を持ち上げて恭しく手の甲にそっと唇を寄せた。
「え――?」
その仕草は、おとぎ話に出てくる王子さまそのもので、私は口をあんぐりと開けたまま目を見開いて見ることしかできなかった。
「では、特別親しい仲になって、あなたにまた下の名前で呼んでもらえるよう頑張るとします」
「え、え、えぇっ?」
ちょっと、待って!
なにがどうして、こうなった――――⁉
さ、食べましょう、と促されて、私はプリンをありがたくいただく。甘い卵の生地とカラメルのほろ苦さのバランスが絶妙で美味しかった。
「ですが、香代子さんの体調も心配なので、帰り際に様子を伺いに寄らせていただきましょう」
「はい、ぜひ……、志藤さまのお顔を見れば香代子さんも元気がでるはずです」
亜蘭さまは、むぎ太郎さんに会いに来た日は、ほぼ必ず帰りに香代子の離れを訪れていくのだ。香代子も、邪魔者の私がいるここで時間を過ごすよりも、短い時間でも二人きりで過ごせるほうが嬉しいに違いない。
亜蘭さまも、きっとそうだ。
二人きりで仲睦まじく笑いあう二人を想像してしまい、胸の底がすーっと冷えていくのを感じた。
「俺のことは……、もう名前では呼んでくれないんですか?」
「はい?」
「以前は下の名前で呼んでくれていたのに、どうして突然変わったんですか」
「えっと……」
なにが言いたいのだろう。亜蘭さまの言葉からは、まるで私にまた名前で呼んでほしいように聞こえてきて、そんなはずがないのに、と私は首をひねった。
あの頃は、とにかく亜蘭さまに少しでも近づきたくて、香代子じゃなくて私を見て欲しくて「亜蘭さま、亜蘭さま」とくっついてしまっていた。
そしてその度に、彼は明らかに困惑した顔を見せた。本当は鬱陶しくて振り払いたかったのだろうけど、相手は自分の上司の娘。邪険にできなくてさぞ煩わしかったと思う。
それに、下の名前で呼ぶことを許されたわけでもないのに、馴れ馴れしく呼んでいたのだから、亜蘭さまの私に対する印象はすこぶる悪かったに違いない。
だから私は一線を引く意味もかねて苗字呼びにしたのだけど……。
私はなんて説明すべきか、プリンとスプーンを縁側にそっと置いて頭を巡らせた。
すると亜蘭さまが「小百合さん」と名前を呼び、私の手を取った。突然のことに、体がびくりと反応してしまう。驚いて顔をあげた私を、真剣な相貌が真っ直ぐに射抜いた。時を止められたかのように、私の体は硬直して動けなくなる。
亜蘭さまに、手を握られている。
その事実が、私の頭を、心をかき乱した。
「あ、あの、手……」
離してほしくて身じろいだのに、反対に握る手に力を込められてしまう。
「俺のことが、嫌いですか」
「嫌いなわけありません!」
「では、下の名前で呼んでください」
「で、でも……、女学校で……特別親しくない異性を名前で呼んではだめだと教わりました」
苦し紛れの言い訳に、亜蘭さまは目を瞠る。
「そう、ですか……」
彼は気落ちしたように肩を落とすも、数瞬の後にはその整った顔に不敵な笑みを浮かべて「わかりました」と頷いた。
よかった、わかってもらえた……。
そう安堵したもつかの間、彼は何を思ったのか、握っていた手を持ち上げて恭しく手の甲にそっと唇を寄せた。
「え――?」
その仕草は、おとぎ話に出てくる王子さまそのもので、私は口をあんぐりと開けたまま目を見開いて見ることしかできなかった。
「では、特別親しい仲になって、あなたにまた下の名前で呼んでもらえるよう頑張るとします」
「え、え、えぇっ?」
ちょっと、待って!
なにがどうして、こうなった――――⁉