隠れ才女な転生王女、本日も王宮でお務めです~人質だけど、冷徹お兄さんと薬草知識でみんなを救っちゃいます~
幕間 姫君を取り巻く者達
「ヘーゼリア様は調合が出来ることをとても喜ばれておられました。普段は大人びておられますが、年相応にほほえましいものでした」
私、ガントリオ・ステリクアは執事であるキレードから報告を受けている。
ヘーゼリア・リーテンダは、人質として我が国に滞在している幼い子供のうちの一人である。戦争をこれ以上長引かせないための措置だった。人質が居る間は少なくとも向こうは攻めてこないだろうから。
……とはいえ、幼い子供を人質に取るのは出来ればやりたくないことだった。ただ情勢面やこれからのことを考えるとそうするべきであると判断した。
人質とはいえ、他国にこうして一人でやってきた子供達が過ごしやすいようにはしようと思っていた。国内には他国からやってきた子供達を利用しようとしている者達だっているがそのような連中には近づけさせないように注意を払っている。
彼らが何れ国へと帰った時に、我が国に対して悪感情を抱いていない方がいい。これは将来への投資でもある。
その中で、リーテンダ王国からやってきたヘーゼリア姫は他の子供達とは異なっていた。
驚くほどに冷静で、おんな状況を受け入れている様子だった。
他の子供達は、泣いていたり、恋しがっていたりしているというのを聞いていた。そのことには、胸が痛んだ。大人の都合で子供がこういう状況になっているのだから。
そのヘーゼリア姫は、大人しく過ごしていた。まだ六歳だというのを疑わしく思うほどに、淡々としていた。
それでいて私にわざわざお礼の手紙を私にしたためていた。それでいて挨拶をしてきた時もきちんとしていた。全く怯むこともなく私の目を見ていた。
興味深い少女であることは間違いなく、それでいてお礼の手紙は時折届いていた。ステリクア王国への感謝と、気遣いに溢れていた。だから気に掛けてはいた。
何かしらこちらに要望を言おうとしているのではないか、とそうも思っていたのに何も言いださなかった。だからこそこちらから結局聞いてしまった。
これで騙されており、我が国にとって不利なことを言い出したらまぁ、その時はその時である。餌を垂らせば本音を口にするのではないかと思ったからというのもある。まだ六歳の幼い少女であり、今のところは何一つ問題を起こしていないが、何かしら大人の思惑を受けており何かを起こそうとしているのではないかとそう思ったから。
だけど彼女の要望は想定外のものだった。
ただ調合をしたいと、そう言ったのだ。
六歳児が調合? と疑問には思った。
すぐに返答が出来なかったのは、なぜそんなことを望むのかを調べるためだった。もし幼い少女が大人に利用されてしまっているのならばどうにかしてやりたいとは思った。なぜなら利用されている子供に罪はないのだから。
ただ調べた限り、そう言った痕跡は見られなかった。
寧ろ出てきたのは、彼女がどれだけ不遇に過ごしていたかというその情報だけだった。少し調べて出てくるのはその程度で、基本的に大人しく……目立たないように過ごしていたようだ。
幼い子供が周りに気を遣って、目をつけられないように一生懸命だったのかと想像は出来る。
ヘーゼリア姫は、先代王妃の娘である。現在の王妃が発言力を増している状況では幼い王女は生きていくのが大変だっただろうと予想は出来る。それでいて先代王妃が調合を趣味だったという情報も入ってきたため、単純に調合をすることが好きなのだろうというのは分かった。
だから許可を出したのだが、それだけでこんなにも喜んでくれるとは。
「そうなのか。それは良かった」
少しだけその様子を見られなかったことは、残念に思う。
こんなことを考えている時点で、私は既にヘーゼリア姫に対して好意は抱いているのだろう。きっとその様子は可愛かったのだろうなと思ったから。
王妃や側近達も彼女からの手紙は共有してあるが、すっかり「可愛いですわね」「興味がわきました」と言っている始末である。
「ただやはり本心はお隠しになられているようには思えました。まだ六歳だというのに、あんなにも気丈に生きているのはリーテンダ王国での暮らしがそれだけ大変だったからでしょう」
痛まし気な様子でキレードはそう言った。
本当にその通りだとは思う。
人質になった少年少女たちは、きっと情緒不安定になるだろう。毎日のように泣きはらすかもしれないとは最初から想像が出来ていた。
……それでもヘーゼリア姫のおかげか、他の子供達も落ち着いた様子だった。それはヘーゼリア姫が周りが安心できるようにと行動を起こしているおかげだとも報告を受けていた。
意図的に行っていることではあるだろう。ただしヘーゼリア姫は子供達のことを思ってこんな行動を行っているのだと思う。
「そうだな……。私もそう思う。この国に滞在する間だけでも、もっと穏やかに過ごしてもらえればいいが」
「そうですね。きっと心から笑ったヘーゼリア様は可愛らしいと思います」
そう口にしているキレードはヘーゼリアのことを気に入っているというのはガントリオの目から見ても明らかであった。
「私に直接お礼を言いたいと言っていたのだろう? 楽しみだな。……私が近づいて怖がられたりしないだろうか?」
私は子供が嫌いじゃない。寧ろ可愛いと思っている。だがしかし、私は一般的に見て冷たいと思われてしまう。普通に接しているつもりが怖がられてしまうことも度々あった。
だからこそ人質の子供達には必要以上に近づかない方がいいと、そう判断した。敵国にやってきてただでさえ心穏やかでない子供達がさらに怯えてしまうのは私の望むところではなかったから。
だけれども……ヘーゼリア姫とは仲良く出来るかもしれないとそう思ってしまった。
なぜなら度々手紙を送ってきている。そこにはただ感謝の言葉や楽しかったことなど、前向きな言葉だけがつづられている。それを見ると、人質相手にあまり肩入れすべきではないと思うが、話してみたくなってしまったのは当然のことだった。
無論、私は警戒心を解くつもりはないが、どちらにせよ、子供が出来ることなど限られているのできちんと監視しておけば問題がないだろう。
ただ怖がられてしまったら、それは嫌だと思ってしまった。
「陛下……何を恐れていらっしゃるのですか。ヘーゼリア様はおそらく問題はないと思いますよ。屈強な見た目の騎士達相手にもいつも笑顔で接していますし、怖い物知らずなのかもしれませんね」
「そうか!」
キレードの言葉を聞いて、自然と声が弾んだ。キレードから何か言いたげな視線を向けられ、こほんっと咳ばらいをする。
「一先ず、これからもヘーゼリア姫のことを報告するように。もちろん、他の人質達についてもな」
「はい。かしこまりました」
恭しく頭を下げて、そのままキレードは去っていった。
残された私は、ヘーゼリア姫が自分のことを恐れなければいいなとそればかり考えるのであった。
*
「カシュア、進捗はどうだい?」
俺、カシュアは師匠から声を掛けられる。
王宮魔術師の弟子として、王宮によく顔を出している。他の王宮魔術師達からも、様々な学びを得ており、毎回新しい発見ばかりだ。
師匠は二十年ほど前から王宮に仕えている優秀な魔術師である。俺と同じ年頃から王宮魔術師の地位に就き、今でも立派にその責務をこなしている。
そんな師匠のことを私は尊敬している。
いつか師匠のようになれたらとそれを願ってばかりだ。まだ俺は王宮魔術師の弟子という立場でしかない。早く師匠と同じようになれたらとそればかりを考えている。
「そうですね。師匠から申し付けられた攻撃魔術の改良に関してはまだ終わっていません」
俺はそう答える。師匠はそれを聞いて、笑いながら頷く。
俺が師匠から課せられているのは、とある魔術に関する改良である。正直言って、魔術を一つ改良するのだけでもかなり難しい。だというのにそれを師匠が俺に任せているのは期待してくれているからだというのは分かる。
そもそも期待という気持ちがなければ、そのような難しいことを十代の俺に任せることはないだろう。
王宮魔術師の弟子という立場は師匠次第では楽だったり、困難だったりバラバラである。
今、王宮魔術師の弟子という立場の存在は俺一人だけだけど、俺のことを見て「私が王宮魔術師の弟子として暮らしていた時はもっと楽だった」というものも居れば、「自分はもっと無茶ぶりを師匠にされていた」というものもいる。
時間はかかるだろうけれども、魔術に関わることを俺は楽しいと感じるため師匠の満足が行く形で進められればいいとそればかりを思っている。
師匠から、期待外れだと思われるのだけは嫌だ。
「そうか。励むがいい」
「はい。もちろんです」
そのためにも図書室で書物を読み漁ったり、実際に検証をしたり進めなければ。
許可を得て中庭で検証を進める予定だが、最近は他国からやってきた人質の王女殿下や王子殿下という面倒な存在がこの国に滞在している。
子供は魔術というものに怖れをなしたり、好奇心が勝って近づいてきたり様々である。
元々子供というのが苦手だ。騒がしいし、研究の邪魔だ。王宮を訪れる国内の貴族の子供の中には若くして王宮魔術師をしている俺に興味を抱く者も居たが、俺のことがお気に召さなかったらしく面倒な事態にはなった。
俺の黒髪が気に食わなかったらしい。
――見た目は美しいのに、その黒髪がもったいない。
などと言って、変なちょっかいをかけられた。正直魔術が学べればいいとそれしか思っていないのに外見でややこしい事態になるのが嫌で、俺は髪を伸ばしっぱなしで顔が見えないようにしている。
魔術のことだけを考えたいのに、他国からの人質の子供達にまとわりつかれてしまったら……と考えるだけでぞっとする。どうにか会わないようにしながら、左舷を進めていかなければと決意した。
――この時の俺はまさか自分から、人質の一人の少女と深く関わることになるなどとは思っても居なかった。


