友情結婚って決めたのに 隠れ御曹司と本気の恋をした結果
 ――九尾くんは口下手なタイプだから、はっきり不快だと告げてもその言葉の意図が伝わるか怪しいものだ。
 私は時計を何度も確認してタイミングを見計らったあと、このままでは間に合わないと判断して会話に割って入った。

「社長。お時間です」
「申し訳ないのですが、押し売りはお断りしております」
「我が社は御社と、何度も関わり合いがあり――」
「お帰りください」

 蛍くんは悪評が広まりかねない状況を恐れることなく、ピシャリと一喝して押し売り営業を追い返す。
 ほっと一息つく時間など、今の私達には残されてはいなかった。

「車の手配は」
「準備済みだよ!」
「菫さん、着替え……」
「このままでいいかな」
「いいの?」
「遅れるよりは、ずっとマシだもん!」

 本当はドレスに着替えて会場に向かう予定だったが、そんな時間はなくなってしまった。
 こんな状況に追い込まれたのは、営業の男性を社長室まで案内してしまったこちらのミスだ。

「行こう!」

 私は目を丸くする夫と棒立ちの九尾くんを急かして車へ乗り込み、会場へ急いだ。
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