恋は計算通り、君は想定外

10 物語の匂いを感じたのは、この放課後だ

 “トワも今日、一緒に行くんでしょ?”
 故に、トワ‥‥というキーワードに俺は反応する。トワ‥‥水沢都羽‥‥ヒロインの名前は、やはり美しい。
 “ん、ちょっと今日は用事があって”
 「‥‥‥‥」
 何気ない会話だが、これは日常パートで、物語には必要な場所だ。この平坦な期間があるからこそ、後の展開が引き立つ。
 「‥‥‥‥」
 フと隣の席を見ると、草ケ谷が同じ様に頬杖をついている。
 いや、この展開は違う。難解な問題を解いた彼女は、同じ陽キャ仲間に囲まれて、どうやって答えたのだとか、凄いとか、そんな話題の中心にいるはずだ。それが一人でムスっとした顔でいるとは、どういう事なんだ?
 俺は水沢さんに視線を移す。凝視するのは変な人扱いされるので、正面に教科書をたてて、あくまで本を見ている感じで、奥の彼女を観察する。
 さっきまで友人達と話していたが、次の授業の予習でもしているのか、今は一人で席についている。周りの女子生徒達は、今日はつるんでカラオケに行くようだ。用事があるらしい水沢さんは行かない。まあ、ヒロインがカラオケでギャーギャー騒ぐのもおかしいから、至極当然の選択を彼女はしたと言える。
 そんな感じでその日は終わり、帰宅部の俺は真っ直ぐに家に帰るべく、校門まで下りていった。
 「‥‥‥‥」
 さっきまで降っていた雨も上がり、見上げれば雲が晴れて太陽が顔を覗かせている。暑くも寒くもないこの季節。自然に気分も上々。こんな時は心の中からポップなジャズが聞こえてくる。
 雄二は読書絵画部という、何やら高尚な部に入っているが、何の事はない、マンガ研究部だ。俺も誘われたが、そこは断らざるをえない。確かにマン研に入って活躍する主人公もいるが、今回はそのルートではないからだ。
 様々なアクシデントに見舞われながらも、気だるそうに困難を乗り越えて、ヒロインのピンチを救うヤレヤレ系主人公、それが俺だ。
 「‥‥‥‥ん?」
 校舎から出た所で、誰かが走ってきてぶつかりそうになる。
 俺はサっと避けたが、走ってきたそいつは謝りもせずにそのまま校門から外へと走っていった。
 「‥‥‥‥」
 俺はその後ろ姿に見覚えがある。
 校則違反グレーゾーンな薄く茶で染めた長い髪の女子。俺の知る限りは一人しかいない。
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