恋は計算通り、君は想定外

12 好きではないと言うのなら、なぜ逃げた?

「よお」
「‥‥‥‥」
 前に立って声をかけたが返事はない。別に屍ではないはずだが。
 知り合いに声をかけるという義務は果たしたので、このまま行ってしまっても良いのだが、日にこう何度も接点があるのは、物語上、何かを示唆しているかのしれない。
 こういう伏線の回収が大事だ。
「何?」
「数学の時間、ちゃんと当たられただろう? 違ってたらもう関わらないって言ったが、当たってたので関わる」
「は? 何それ? 何言って‥‥」
 草ケ谷が口を開く前に、俺は横に座った。
「あんたおかしいんじゃない?」
 彼女がベンチから立って、バッグを拾いあげようとした時、
「‥‥‥‥大井沢れんと水沢都羽‥‥」
「!」
 俺は表情を変えずに彼女の思考を止める魔法の言葉を呟いた。
「‥‥‥‥それが何?」
「‥‥‥‥」
 効果はてき面だ。バッグを肩にかけた状態で、足は完全に地面にくっついている。
「二人が部室から出てきた所を見て、逃げる様に走っていったみたいだからな」
 実際はもちろん、そんなシーンを目撃してはいない。ここでカマをかけてみる。
「‥‥そ、それが何?」
「‥‥‥‥」
 かかった。つまり本当にそういう場面があったのだ。
相合傘をしようとしていた二人を見て逃げるという作戦を取った草ケ谷の心情は、ここで数パターンに絞られる。
 別に二人が嫌いで逃走したわけでもないだろう。これまでの水沢さんは、そんな人を不快にするような人ではない。それに草ケ谷と水沢さんの接点もほとんどない。大井沢にもだ。
 つまり、二人が問題なのではない。
 問題なのは、ここで俺を睨んでいる人物だ。
 理由はだいたい想像がつくが、果たしてそんな安直なものなのか?
 もう一度勝負に出ようじゃないか。
「大井沢達は付き合ってるのか?」
「違う!」
「そうか?」
「だって、大井沢君が彼女はいないって‥‥言ってたし」
「‥‥‥‥」
 なるほど、大井沢の言葉を信じて、二番煎じで部室に行った草ケ谷は、そこでショックを受けたという事か。
「草ケ谷は大井沢が好きなのか?」
 ここは大手をかける。
「違う、別に私は何とも思ってない」
「‥‥‥‥」
 そう答える草ケ谷は無理してそう言っているふうでもない。少し分からなくなってきた。
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