恋は計算通り、君は想定外

13 ここはヒロインと来るはずだった場所

 「そうか、だったら逃げなくても良かったんじゃないか?」
 「‥‥‥‥」
 まあ、事情は大体理解した。今日の所はこれでいいだろう。
 「じゃあ、頑張れよ」
 硬いベンチから立ちあがって、俺はカバンを肩にかついだ。
 「ちょっと!」
 「‥‥‥‥」
 歩こうとしたが、ブレザーの服の裾を掴まれる。
 「何だ?」
 「何だじゃないわよ! ここまで言わせといて一人でどっか行っちゃう気? 信じらんない!」
 「ここまでって‥‥」
 それほどの事でもない気がするが。
 「あそこ‥‥」
 草ケ谷は遠くに見える緑の看板のコーヒーショップを指さす。
 「ちょっとつきあいなさいよ、有坂」
 「‥‥‥‥」
 俺は何も返事をしていないが、腕を掴まれ、そのままグイグイとコーヒーショップまで連行されていく。
 自動ドアが開くと、店内にはいかにもなコーヒーと甘い菓子の匂いがたちこめている。
 引きずられるように中に入ると、高校が近いせいか、店内には制服姿の生徒達が結構いた。
 「えっと‥‥ホットのグランデと、栗とほうじ茶のモンブラン、あとバナナシフォン‥‥当然、有坂のおごりね」
 「‥‥やれやれ‥‥」
 全く悪びれずにそんな事を言ってくる。ここまできた以上、あとにはひけない。もしかしたら最初から俺を釣る為の遠大な作戦だとすれば、草ケ谷は希代の策士だろう。だが、恐らくは、ただの天然だ。だからこそ、予測するのが難しい。
 「そちらのお客様は?」
 「‥‥‥‥同じで」
 奥の丸テーブルに座る。
 目の前にはでかいコーヒーと、何だか分からないケーキ。
 何でこいつに奢らなければならないのか、腑に落ちない。
 違うんだ。本来なら、こういう場所で二人っきりになるのはヒロインとだ。
 「有坂‥‥私はね‥‥別に、大井沢君が好きなんじゃないの」
 唐突に話し始めるが。
 「‥‥‥‥」
 「何かさー‥‥彼って‥‥いかにもクラスの中心人物みたいじゃん。だから‥‥もし、私が彼と付き合ったら‥‥私もそうなれるのかなって‥‥」
 「‥‥‥‥」
 本当は草ケ谷なりに重い話をしてるんだろうけど、ケーキをバクバク食べながら話してるせいで、それがちっとも深刻に伝わってこない。
 しかし、こいつは予想の斜め上をいく。本当の事を話しているなら。
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