恋は計算通り、君は想定外

3 青春は、理想と現実の誤差でできている

 そこでいかに理想の主人公に近づけるか‥‥今から想像するだけで顔がにやけてくるが、主人公はそんな表情はしない。
 入学式はただただ気だるそうにしてればいい。
 そうして明日に授業初日を迎える日の夜。
 俺は配布された教科書を開き、予習をばっちりと済ませる。主人公たる者、学校では昼寝をしていても、なぜか勉強が出来ると決まっている。その為には全ての勉強は家で済ませるしかない。
 それから、今後の事を踏まえての行動ルートの最適分岐の考察。どんな事態に陥っても、さらりと偶然に対処していくのが主人公だ。
 これで完璧なはずだが、ちょっと不満な点がある。普通ならこのアパートの隣の部屋には偶然、同じクラスの女子が一人暮らしをしてて、そこから物語が進んで行くのが正規のルートだ。だが。隣に住んでいたのはただのサラリーマンのおっさんだった。
 違うだろ。
 これが理想と現実のギャップというものらしいが、その程度で俺はくじけたりはしない。
 なぜなら、俺は主人公なんだから。
 事件は唐突に起こる。まあ、それが物語というものだから仕方のない事ではあるが。
 そして授業初日。
 「ねえ、有坂」
 女子に名前を呼ばれた事は、この数年で数えるほどしかない。しかし、確かに俺の苗字は有坂だが、唐突に呼び捨てにしてくるのは、如何なものだろうか。
 「?‥‥‥‥ありさか‥‥で、いいんだよね?」
 「ああ、俺が有坂悠太だ」
 「‥‥‥‥」
 きちんと言ったつもりだったが、窓際の席の彼女はまた?半分、不機嫌半分な表情になった。
 ちなみに彼女の名前を、俺は知らない。と、言うか、初日に全員が自己紹介したはずだが、全く覚えていない。だが、それは意図的だ。恐るべき能力を持つ主人公のそんな天然さとのギャップが、また魅力を増す事になるのだ。
 「前にさ。席交換してくれるって言ってたじゃん」
 「そうだったか?」
 「言ってた、言ってた。で、取り換えてほしいんだけど」
 「‥‥‥‥」
 しまったな。
 考えてみれば全員の席順が男女交互にきちんと並んでいる状態が今だ。それを自己都合でエントロピーを増大させても良いものだろうか。
 「お願い! 今度埋め合わせはするから!」
 手を合わせて片目を瞑り、いかにもな顔で俺を見てくる。
 この時点で俺が取るべき選択肢は一つしかない。
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