不幸令嬢、今度は継母として新しい幸せを手に入れます!
第二章 不幸令嬢、継母になる
ブライアン公爵家は、私の住んでいた街とは離れたところに領地を有している。私の実家であるロバーツ子爵家は領地を持たない家である。王都の端に位置する少し広い屋敷で特に目立つことなく生活している。
ブライアン公爵家に嫁ぐことになった私は、実家を離れて引っ越すことになる。
アルフレッドは忙しい身のようで、結婚が決まってからもあちこち駆け回るように働いている。私が訪れたあの別邸からも早々に移動してしまった。それゆえ、私は結婚が決まってからまだまともにアルフレッドと顔を合わせていないのだ。
公爵家の領地に私が足を踏み入れたのは、縁談を正式に受け入れてからひと月ほどが経ってからであった。
移動距離が長いので、あまり荷物は持てない。必要最小限のものだけを抱えた私は、馬車をおりて最初に視界に入った広大な屋敷に口を開けた。
「え、広っ……」
開いた口が塞がらないとは、このことだ。別邸でさえあの広さだったのだから、家はもっと広いのだろうと想像していたが、これは想像を簡単に超えてきた。立ち尽くす私を横目に、使用人が手際よく荷物を運び入れている。
「え、広すぎない?」
「裏に森もあるよ!」
「うわ、びっくりした!」
背後から急に声を掛けられて、肩が跳ねた。見れば、にこにこ笑うロイがいた。というか今、森って言った? 敷地内に森があるの? どういうこと。
『本当に結婚するの? このガキの面倒も見ないといけないんだよ? やめておいたほうがいいと思うけどなぁ』
ひたすら困惑していると、ロイの背後からミミがしなやかな動作で現れた。何気なくロイの悪口を言っている。案の定、ロイが「なんだと猫ぉ!」と拳を振り上げた。
「ちょ、ちょっと待って。喧嘩しないで」
慌ててふたりの間に割って入ると、ロイが静かに拳をおろす。そのままミミを睨みつけるロイは、すぐに飽きたのか。ミミから視線を逸らすと私の手を握ってきた。
「行こう、メアリー」
「うん」
私の手を引いて、ロイが駆け出す。置いて行かれないように足を動かす。その背後からミミも小走りについてくる。
「ここがメアリーの部屋だよ」
ロイに案内されたのは、屋敷の一角にある広い部屋。必要な家具はすべて揃っている室内を見渡して、「おぉ……!」と感嘆の声がもれた。実家にあった私の部屋よりも広い。広すぎて、そわそわする。
「お父様の部屋は隣だよ。俺の部屋はあっちだからね!」
腰を落ち着ける間もなく、ロイが忙しなく駆け回る。なぜだか引っ越してきた私以上に忙しくしているロイを見て、思わず頬が緩んだ。
「メアリー! ちゃんと聞いてる?」
「えぇ、聞いてるわよ」
屋敷内の案内は、ロイにお願いしてみよう。途端に目を輝かせたロイは「俺に任せて!」と胸を叩いた。
「あの、ところでアルフレッド様は?」
結婚を決めてから、ほとんど会っていない新しい夫の名前を呼んでみる。くるりと振り返ったロイが「仕事!」と勢いよく言い切った。
「お父様、いつも忙しいから。でもメアリーが来るの楽しみにしてたよ」
夜は一緒にご飯食べれるよ! と笑顔で告げたロイに、私は「そう」と控えめに頷いた。どうやら公爵として領地経営も行っているアルフレッドはひどく多忙のようだ。あの別邸に滞在していたのも、王宮での仕事のためだと聞かされていた。
アルフレッドが仕事で不在の間、ロイはなにをしているのだろうか。使用人は大勢いるらしいが、彼らと遊んでもらっていたのだろうか。思い返せば、あの別邸を抜け出して私の実家に忍び込んだくらいである。もしかして、基本的にひとりで遊んでいるのだろうか。
「ね! ね! メアリー、来て。猫の部屋も見せてあげる」
『なにそれ。ボクの知らないボクの部屋が存在すんの? どこに?』
呆れたように口を挟むミミは、『適当なこと言うなよ』とロイに文句を言っている。けれども喜び全開といった様子のロイの耳には入っていないようだ。ぴょんぴょんと跳ねるように室内を駆けまわるロイは、「ここはクローゼット! あっちは寝室ね」と元気に室内を案内してくれる。
ロイから母親になってほしいと一度は頼まれたが、まさかここまで喜んでもらえるとは思わなかった。新生活に一抹の不安を抱いていた私であるが、全力で歓迎してくれるロイを見ているうちに、そんな不安はどこかへ吹き飛んでしまう。
落ち着きなく足踏みしているロイは、はやく私を案内したくてたまらないらしい。荷解きは使用人に任せて、先に屋敷を案内してもらおう。
「行こうか、ロイくん」
「うん!」
ぱっと顔を輝かせたロイは、私の手を引いて部屋を飛び出した。廊下を走る勢いのロイをたしなめていると、前方から背の高い男が歩いてきた。
「あ! ベネディだ」
その男を認識した途端、ロイが片手を大きくあげた。ベネディと呼ばれた男は、おそらくアルフレッドと同い年くらいだろう。すらりと背が高く、漆黒といっても差し支えない綺麗な黒髪が目を惹く。同じく黒い衣服に身を包んだ彼は、この屋敷の使用人なのだろう。ぴたりと足を止めたベネディは、胸元に手を添えてから丁寧なお辞儀をした。
「初めまして、メアリー様」
「初めまして」
ロイの侍従のような役目を担っているというベネディは、ロイに視線を向けてから「ロイ様。屋敷内を走るのはやめてくださいね」とやんわり言った。それに「わかった!」と元気に手をあげて応じたロイは、次の瞬間には私の手を引いたまま再び駆け出した。
「全然なにもわかってないですね?」
すぐさまロイの前に回り込んできたベネディは、少々困ったような顔でロイを止める。前進するのを妨げられたロイが、今度は上に向かってぴょんぴょん跳ねている。
「でもミミだって走ってるよ」
『ボクはいいんだよ』
「足が短いから?」
『なんだとこのガキ!』
「なんだと! 猫のくせに!」
急に始まる言い争いに、間に入れられた私はひたすらオロオロするしかない。しかしさっとロイの肩に手を置いたベネディが「ロイ様」と無理矢理に割って入った。そのままにこりと笑って、「メアリー様に屋敷を案内するのでは?」と小首を傾げた。
「する! 猫と遊んでる場合じゃないや」
『なんだと! こっちだっておまえみたいなガキと遊ぶほど暇じゃないからっ』
ミミからあっさり視線を外したロイは、本来の目的である屋敷案内を再開してくれる。そのベネディの手際のよさに、私は感心した。ロイの扱いに非常に慣れている。
「ここはお父様の部屋だからね」
「アルフレッド様の」
勝手にドアノブを回そうとするロイであったが、鍵がかかっているらしい。ガチャガチャとしばらく奮闘していた彼だが、早々に諦めてノブから手を離した。
「お父様、もうすぐ帰ってくるよ」
くるりと振り返って告げるロイは、笑顔でまた駆け出そうとする。それをさり気なく邪魔するベネディには、やはり慣れを感じる。
表の庭に面した窓を背伸びしてから覗くロイは、しばらくしてから「あっ」と声をあげた。
「お父様、帰ってきたよ!」
「ほんと?」
隣に並んで庭に目をやると、使用人と思われる数人を引きつれたアルフレッドが歩いて来るのが確認できた。途端に窓から離れるロイは、またもや廊下を駆け出した。しかし今度はベネディも止めることができない。玄関まで全力疾走で向かったロイに、私は思わずベネディと顔を見合わせた。
「ロイくん。元気ですね」
ぽつりと呟いた私に、ベネディが苦笑する。
「ロイ様はいつもあんな感じで」
騒がしくてすみません、と控えめに頭を下げるベネディ。それを慌ててやめさせて、私もロイの後を追った。
ブライアン公爵家に嫁ぐことになった私は、実家を離れて引っ越すことになる。
アルフレッドは忙しい身のようで、結婚が決まってからもあちこち駆け回るように働いている。私が訪れたあの別邸からも早々に移動してしまった。それゆえ、私は結婚が決まってからまだまともにアルフレッドと顔を合わせていないのだ。
公爵家の領地に私が足を踏み入れたのは、縁談を正式に受け入れてからひと月ほどが経ってからであった。
移動距離が長いので、あまり荷物は持てない。必要最小限のものだけを抱えた私は、馬車をおりて最初に視界に入った広大な屋敷に口を開けた。
「え、広っ……」
開いた口が塞がらないとは、このことだ。別邸でさえあの広さだったのだから、家はもっと広いのだろうと想像していたが、これは想像を簡単に超えてきた。立ち尽くす私を横目に、使用人が手際よく荷物を運び入れている。
「え、広すぎない?」
「裏に森もあるよ!」
「うわ、びっくりした!」
背後から急に声を掛けられて、肩が跳ねた。見れば、にこにこ笑うロイがいた。というか今、森って言った? 敷地内に森があるの? どういうこと。
『本当に結婚するの? このガキの面倒も見ないといけないんだよ? やめておいたほうがいいと思うけどなぁ』
ひたすら困惑していると、ロイの背後からミミがしなやかな動作で現れた。何気なくロイの悪口を言っている。案の定、ロイが「なんだと猫ぉ!」と拳を振り上げた。
「ちょ、ちょっと待って。喧嘩しないで」
慌ててふたりの間に割って入ると、ロイが静かに拳をおろす。そのままミミを睨みつけるロイは、すぐに飽きたのか。ミミから視線を逸らすと私の手を握ってきた。
「行こう、メアリー」
「うん」
私の手を引いて、ロイが駆け出す。置いて行かれないように足を動かす。その背後からミミも小走りについてくる。
「ここがメアリーの部屋だよ」
ロイに案内されたのは、屋敷の一角にある広い部屋。必要な家具はすべて揃っている室内を見渡して、「おぉ……!」と感嘆の声がもれた。実家にあった私の部屋よりも広い。広すぎて、そわそわする。
「お父様の部屋は隣だよ。俺の部屋はあっちだからね!」
腰を落ち着ける間もなく、ロイが忙しなく駆け回る。なぜだか引っ越してきた私以上に忙しくしているロイを見て、思わず頬が緩んだ。
「メアリー! ちゃんと聞いてる?」
「えぇ、聞いてるわよ」
屋敷内の案内は、ロイにお願いしてみよう。途端に目を輝かせたロイは「俺に任せて!」と胸を叩いた。
「あの、ところでアルフレッド様は?」
結婚を決めてから、ほとんど会っていない新しい夫の名前を呼んでみる。くるりと振り返ったロイが「仕事!」と勢いよく言い切った。
「お父様、いつも忙しいから。でもメアリーが来るの楽しみにしてたよ」
夜は一緒にご飯食べれるよ! と笑顔で告げたロイに、私は「そう」と控えめに頷いた。どうやら公爵として領地経営も行っているアルフレッドはひどく多忙のようだ。あの別邸に滞在していたのも、王宮での仕事のためだと聞かされていた。
アルフレッドが仕事で不在の間、ロイはなにをしているのだろうか。使用人は大勢いるらしいが、彼らと遊んでもらっていたのだろうか。思い返せば、あの別邸を抜け出して私の実家に忍び込んだくらいである。もしかして、基本的にひとりで遊んでいるのだろうか。
「ね! ね! メアリー、来て。猫の部屋も見せてあげる」
『なにそれ。ボクの知らないボクの部屋が存在すんの? どこに?』
呆れたように口を挟むミミは、『適当なこと言うなよ』とロイに文句を言っている。けれども喜び全開といった様子のロイの耳には入っていないようだ。ぴょんぴょんと跳ねるように室内を駆けまわるロイは、「ここはクローゼット! あっちは寝室ね」と元気に室内を案内してくれる。
ロイから母親になってほしいと一度は頼まれたが、まさかここまで喜んでもらえるとは思わなかった。新生活に一抹の不安を抱いていた私であるが、全力で歓迎してくれるロイを見ているうちに、そんな不安はどこかへ吹き飛んでしまう。
落ち着きなく足踏みしているロイは、はやく私を案内したくてたまらないらしい。荷解きは使用人に任せて、先に屋敷を案内してもらおう。
「行こうか、ロイくん」
「うん!」
ぱっと顔を輝かせたロイは、私の手を引いて部屋を飛び出した。廊下を走る勢いのロイをたしなめていると、前方から背の高い男が歩いてきた。
「あ! ベネディだ」
その男を認識した途端、ロイが片手を大きくあげた。ベネディと呼ばれた男は、おそらくアルフレッドと同い年くらいだろう。すらりと背が高く、漆黒といっても差し支えない綺麗な黒髪が目を惹く。同じく黒い衣服に身を包んだ彼は、この屋敷の使用人なのだろう。ぴたりと足を止めたベネディは、胸元に手を添えてから丁寧なお辞儀をした。
「初めまして、メアリー様」
「初めまして」
ロイの侍従のような役目を担っているというベネディは、ロイに視線を向けてから「ロイ様。屋敷内を走るのはやめてくださいね」とやんわり言った。それに「わかった!」と元気に手をあげて応じたロイは、次の瞬間には私の手を引いたまま再び駆け出した。
「全然なにもわかってないですね?」
すぐさまロイの前に回り込んできたベネディは、少々困ったような顔でロイを止める。前進するのを妨げられたロイが、今度は上に向かってぴょんぴょん跳ねている。
「でもミミだって走ってるよ」
『ボクはいいんだよ』
「足が短いから?」
『なんだとこのガキ!』
「なんだと! 猫のくせに!」
急に始まる言い争いに、間に入れられた私はひたすらオロオロするしかない。しかしさっとロイの肩に手を置いたベネディが「ロイ様」と無理矢理に割って入った。そのままにこりと笑って、「メアリー様に屋敷を案内するのでは?」と小首を傾げた。
「する! 猫と遊んでる場合じゃないや」
『なんだと! こっちだっておまえみたいなガキと遊ぶほど暇じゃないからっ』
ミミからあっさり視線を外したロイは、本来の目的である屋敷案内を再開してくれる。そのベネディの手際のよさに、私は感心した。ロイの扱いに非常に慣れている。
「ここはお父様の部屋だからね」
「アルフレッド様の」
勝手にドアノブを回そうとするロイであったが、鍵がかかっているらしい。ガチャガチャとしばらく奮闘していた彼だが、早々に諦めてノブから手を離した。
「お父様、もうすぐ帰ってくるよ」
くるりと振り返って告げるロイは、笑顔でまた駆け出そうとする。それをさり気なく邪魔するベネディには、やはり慣れを感じる。
表の庭に面した窓を背伸びしてから覗くロイは、しばらくしてから「あっ」と声をあげた。
「お父様、帰ってきたよ!」
「ほんと?」
隣に並んで庭に目をやると、使用人と思われる数人を引きつれたアルフレッドが歩いて来るのが確認できた。途端に窓から離れるロイは、またもや廊下を駆け出した。しかし今度はベネディも止めることができない。玄関まで全力疾走で向かったロイに、私は思わずベネディと顔を見合わせた。
「ロイくん。元気ですね」
ぽつりと呟いた私に、ベネディが苦笑する。
「ロイ様はいつもあんな感じで」
騒がしくてすみません、と控えめに頭を下げるベネディ。それを慌ててやめさせて、私もロイの後を追った。