不幸令嬢、今度は継母として新しい幸せを手に入れます!
いやいや、猫がしゃべるなんてありえない。
思わず腰を抜かして地面に座り込んだ私であったが、冷静になった頭でそう結論付けた。たぶん今のは幻聴だと思う。突然の離婚で精神的に参っているのだ。
乱れてもいない前髪を整えて、立ち上がる。服の裾についた土を払って気持ちを落ち着けた。
にこりと笑って、猫に視線をやる。今のは気のせい。だって猫がしゃべるなんてことはない。自分でも知らないうちに疲れてしまったのだ。今日はもう部屋でゆっくり休もう。そう考えた私は、最後にもう一度猫に触れてみようと腰を屈めた。
『なに見てるんだよ。ボクは聖獣だぞ。神聖な存在なんだぞ。ジロジロ見るな』
「ひぃ……! やっぱりしゃべってる!」
幻聴じゃなかった。はっきりしゃべった。
混乱で声にならない悲鳴をあげた私に、もふもふの白い毛に覆われた猫が近寄ってくる。咄嗟に距離をとるが、猫は『おらおら! 逃げるなよ、こらぁ!』と言いながら距離を詰めてくる。聖獣とか名乗っている割には、すごくガラが悪い。
「え、なっ、え!?」
『おい、おまえ。ちょっとボクを匿え』
「猫がしゃべっ……!」
『うるさいな。ボクは聖獣だって言ってるだろ。そこらの猫と一緒にするな』
キッと眉を吊り上げた猫は、尻尾を立てて威嚇のような仕草をしてくる。
え、なにこれ? 夢?
ぎゅっと目を閉じて、ゆっくり開いてみる。白いもふもふは、まだ目の前に居座っている。
「せ、聖獣って……?」
よく理解できないままに、私の口からはそんなどうでもいい疑問がこぼれ出てくる。聖獣なんてもの、今まで聞いたこともない。しかし世界は広い。私たちが知らないだけで、実はそういった不思議なものが存在していたとしてもおかしくはない。
『おまえ、聖獣も知らないのか? これだから最近の若い奴は』
ぐちぐち言う猫は、短い前足でペシペシと地面を叩いた。いや、別に若くなくても聖獣なんて存在はほとんどの人間が知らないと思うのだけど。
『この世には、ボクみたいに特別な力を持った神聖な存在がいるわけよ。それがボクみたいな聖獣ってわけ』
「特別な力って?」
まるでおとぎ話のような突拍子もない説明なのだが、実際に猫が人間の言葉を発している以上、頭から否定はできない。とりあえず怖がっていても仕方がない。受け入れようと努力してみるが、猫は不機嫌そうに『あぁん?』と凄んできた。
『だから、こうやっておまえと会話してんだろ』
「……え、はい。え? 他には?」
聖獣というなんだかすごそうな存在に、私はちょっと自分がわくわくしていることに気が付いた。特別な力を有していると言うくらいだから、何か通常では考えられない稀有な力があるに違いない。期待を込めて猫の前に屈んだ私だったのだが、猫は『は?』と低い声を発した。
『いや、だから。しゃべってるだろ、今』
「え、はい! おしゃべりできる猫なんて私はじめてお会いしました」
『だろ!』
満足そうに頷く猫は、けれども肝心の特別な力とやらについては教えてくれない。出会ったばかりの私に、そう簡単に教えられるものでもないのかもしれないと、少しだけガッカリする。そんな私に、猫が半眼になった。
『おい、なに期待してんのか知らないけど。おとぎ話みたいな摩訶不思議な力とかないからな? ただ人間の言葉を理解してしゃべれるってだけで』
「えっ」
え、不思議な力ないの?
露骨にガッカリしたのが伝わったのだろう。猫が『なんか文句でもあるのかっ!』と勢いよく飛びかかってきた。咄嗟に避けようとした私だったのだが、そこは不幸な私である。
服の裾を踏んでいたらしく、バランスを崩してみっともなくコケてしまった。
『おいおい、大丈夫か? どんくさいなぁ』
「す、すみません」
反射で謝ってから、よろよろと立ち上がる。またもや服が汚れてしまった。丁寧な手付きで土を払ってから、思わず口からため息がこぼれた。それを見ていた猫が『ため息吐くと、幸せ逃げるぞー』と茶化してくる。
「いや、私はとんでもなく不幸な人間なので」
『急にどうした?』
相手が猫ということもあり、気が緩んでしまったのかもしれない。
「実は、数日前に離婚してしまって」
『へぇー!』
なぜか嬉々とした表情で食いついてくる猫は、しなやかな尻尾を立てて私の周りをくるくる回ってくる。神聖な聖獣を名乗っているわりに、こういう話題に興味があるらしい。
猫が会話するという信じられない出来事が起こったせいで混乱に陥り、口の軽くなっていた私はジョセフとの一連の出来事を包み隠さずに話してみた。
もう既に服は汚れていた。開き直って、地面に腰をおろしてみた。その隣に、猫ものんびり腰を落ち着けた。ふむふむと相槌を打ちながら聞いてくれる白い猫は、時折ふふっと小さく笑っていた。別に笑えるような話はしてないんだけど。
そうしてひと通り話してみた私は、短く息を吐き出した。
「もう私、だめかもしれない」
途端に自信をなくして俯く私に、猫が『そうか? 結構面白かったぞ。自信を持て!』と言い放つ。私は面白話を披露したわけではない。一体どこに自信を持てというのか。無責任な猫に、私はなんとなく髪型を整えて気分を誤魔化す。
こんな猫を相手に愚痴ったところで、どうしようもない。しかしずっと心のうちに隠していた弱音のようなものを吐き出せて、ほんの少しだけ気分が軽くなった気がした。自然と口元に笑みを浮かべた私は、前を向いたまま猫に感謝の気持ちを伝える。
「話を聞いてくれて、ありがとうね。おかげで気持ちが軽くなったわ」
「うん。いいよ」
「……」
なんか、背後から知らない声が聞こえた。
一瞬で真顔になった私は、横目で猫を確認した。地面にぺたりと伏せて、のんびりしている猫は小さく『げっ』と発した。その金色に輝く瞳が、おそるおそるといった様子で背後に向けられる。
え、後ろに誰かいるの? 誰!?
というか、もしかしなくても私の離婚に至るまでの暴露話、全部聞かれた?
相手が猫だからと思って包み隠さず話したのに!
これを他人に聞かれるのは恥ずかしすぎる。いや、身内に聞かれるのも恥ずかしいけど!
内心でパニックに陥った私は、ゴクリと息を呑んだ。母だったらどうしようか。いや、母がこんな敷地の端に足を運ぶことはまずない。ということは使用人の誰かだろうか。誰であっても恥ずかしいことに変わりはないが、とりあえず誰かは確認しておかなければ。
そんな思いから私は背後を振り返った。しかし、そこにいたのは両親でも使用人でもなかった。
「猫! 猫! どこ行ってた!」
『痛い痛い痛い』
無遠慮に猫の尻尾を掴んで引っ張っているのは、七、八歳くらいの少年だった。
「え、誰!?」
思わず口から飛び出た疑問に、猫の尻尾を片手でぎゅっと握り締めていた少年がこちらを向いた。
眩い金髪に、青空を連想させる青い瞳。どこぞのお坊ちゃんのような質のいい衣服に身を包んだ少年は、なぜか私のことを勢いよく指さしてきた。
「これ俺の猫なんだけど! 勝手にとらないで」
「え、あ。ごめんなさい」
突然現れた少年に驚いていた私は、彼に向き直って頭を下げておく。どうやらこの聖獣を名乗る猫は、この少年の飼い猫(?)らしい。
『誰がおまえの猫だ。ボクは聖獣だって言ってるだろうが!』
「うるさいっ」
『痛いっ!』
猫と呼ばれるのが気にくわないのか。毛を逆立てて少年に抗議した猫だったが、キッと眉を吊り上げた少年に頭を叩かれて悲鳴を上げた。
神聖な聖獣なのに。子供にめちゃくちゃ叩かれている。
これはいいのだろうか?
猫と少年を見比べて、私は中途半端に両手を伸ばしたままオロオロすることしかできなかった。
思わず腰を抜かして地面に座り込んだ私であったが、冷静になった頭でそう結論付けた。たぶん今のは幻聴だと思う。突然の離婚で精神的に参っているのだ。
乱れてもいない前髪を整えて、立ち上がる。服の裾についた土を払って気持ちを落ち着けた。
にこりと笑って、猫に視線をやる。今のは気のせい。だって猫がしゃべるなんてことはない。自分でも知らないうちに疲れてしまったのだ。今日はもう部屋でゆっくり休もう。そう考えた私は、最後にもう一度猫に触れてみようと腰を屈めた。
『なに見てるんだよ。ボクは聖獣だぞ。神聖な存在なんだぞ。ジロジロ見るな』
「ひぃ……! やっぱりしゃべってる!」
幻聴じゃなかった。はっきりしゃべった。
混乱で声にならない悲鳴をあげた私に、もふもふの白い毛に覆われた猫が近寄ってくる。咄嗟に距離をとるが、猫は『おらおら! 逃げるなよ、こらぁ!』と言いながら距離を詰めてくる。聖獣とか名乗っている割には、すごくガラが悪い。
「え、なっ、え!?」
『おい、おまえ。ちょっとボクを匿え』
「猫がしゃべっ……!」
『うるさいな。ボクは聖獣だって言ってるだろ。そこらの猫と一緒にするな』
キッと眉を吊り上げた猫は、尻尾を立てて威嚇のような仕草をしてくる。
え、なにこれ? 夢?
ぎゅっと目を閉じて、ゆっくり開いてみる。白いもふもふは、まだ目の前に居座っている。
「せ、聖獣って……?」
よく理解できないままに、私の口からはそんなどうでもいい疑問がこぼれ出てくる。聖獣なんてもの、今まで聞いたこともない。しかし世界は広い。私たちが知らないだけで、実はそういった不思議なものが存在していたとしてもおかしくはない。
『おまえ、聖獣も知らないのか? これだから最近の若い奴は』
ぐちぐち言う猫は、短い前足でペシペシと地面を叩いた。いや、別に若くなくても聖獣なんて存在はほとんどの人間が知らないと思うのだけど。
『この世には、ボクみたいに特別な力を持った神聖な存在がいるわけよ。それがボクみたいな聖獣ってわけ』
「特別な力って?」
まるでおとぎ話のような突拍子もない説明なのだが、実際に猫が人間の言葉を発している以上、頭から否定はできない。とりあえず怖がっていても仕方がない。受け入れようと努力してみるが、猫は不機嫌そうに『あぁん?』と凄んできた。
『だから、こうやっておまえと会話してんだろ』
「……え、はい。え? 他には?」
聖獣というなんだかすごそうな存在に、私はちょっと自分がわくわくしていることに気が付いた。特別な力を有していると言うくらいだから、何か通常では考えられない稀有な力があるに違いない。期待を込めて猫の前に屈んだ私だったのだが、猫は『は?』と低い声を発した。
『いや、だから。しゃべってるだろ、今』
「え、はい! おしゃべりできる猫なんて私はじめてお会いしました」
『だろ!』
満足そうに頷く猫は、けれども肝心の特別な力とやらについては教えてくれない。出会ったばかりの私に、そう簡単に教えられるものでもないのかもしれないと、少しだけガッカリする。そんな私に、猫が半眼になった。
『おい、なに期待してんのか知らないけど。おとぎ話みたいな摩訶不思議な力とかないからな? ただ人間の言葉を理解してしゃべれるってだけで』
「えっ」
え、不思議な力ないの?
露骨にガッカリしたのが伝わったのだろう。猫が『なんか文句でもあるのかっ!』と勢いよく飛びかかってきた。咄嗟に避けようとした私だったのだが、そこは不幸な私である。
服の裾を踏んでいたらしく、バランスを崩してみっともなくコケてしまった。
『おいおい、大丈夫か? どんくさいなぁ』
「す、すみません」
反射で謝ってから、よろよろと立ち上がる。またもや服が汚れてしまった。丁寧な手付きで土を払ってから、思わず口からため息がこぼれた。それを見ていた猫が『ため息吐くと、幸せ逃げるぞー』と茶化してくる。
「いや、私はとんでもなく不幸な人間なので」
『急にどうした?』
相手が猫ということもあり、気が緩んでしまったのかもしれない。
「実は、数日前に離婚してしまって」
『へぇー!』
なぜか嬉々とした表情で食いついてくる猫は、しなやかな尻尾を立てて私の周りをくるくる回ってくる。神聖な聖獣を名乗っているわりに、こういう話題に興味があるらしい。
猫が会話するという信じられない出来事が起こったせいで混乱に陥り、口の軽くなっていた私はジョセフとの一連の出来事を包み隠さずに話してみた。
もう既に服は汚れていた。開き直って、地面に腰をおろしてみた。その隣に、猫ものんびり腰を落ち着けた。ふむふむと相槌を打ちながら聞いてくれる白い猫は、時折ふふっと小さく笑っていた。別に笑えるような話はしてないんだけど。
そうしてひと通り話してみた私は、短く息を吐き出した。
「もう私、だめかもしれない」
途端に自信をなくして俯く私に、猫が『そうか? 結構面白かったぞ。自信を持て!』と言い放つ。私は面白話を披露したわけではない。一体どこに自信を持てというのか。無責任な猫に、私はなんとなく髪型を整えて気分を誤魔化す。
こんな猫を相手に愚痴ったところで、どうしようもない。しかしずっと心のうちに隠していた弱音のようなものを吐き出せて、ほんの少しだけ気分が軽くなった気がした。自然と口元に笑みを浮かべた私は、前を向いたまま猫に感謝の気持ちを伝える。
「話を聞いてくれて、ありがとうね。おかげで気持ちが軽くなったわ」
「うん。いいよ」
「……」
なんか、背後から知らない声が聞こえた。
一瞬で真顔になった私は、横目で猫を確認した。地面にぺたりと伏せて、のんびりしている猫は小さく『げっ』と発した。その金色に輝く瞳が、おそるおそるといった様子で背後に向けられる。
え、後ろに誰かいるの? 誰!?
というか、もしかしなくても私の離婚に至るまでの暴露話、全部聞かれた?
相手が猫だからと思って包み隠さず話したのに!
これを他人に聞かれるのは恥ずかしすぎる。いや、身内に聞かれるのも恥ずかしいけど!
内心でパニックに陥った私は、ゴクリと息を呑んだ。母だったらどうしようか。いや、母がこんな敷地の端に足を運ぶことはまずない。ということは使用人の誰かだろうか。誰であっても恥ずかしいことに変わりはないが、とりあえず誰かは確認しておかなければ。
そんな思いから私は背後を振り返った。しかし、そこにいたのは両親でも使用人でもなかった。
「猫! 猫! どこ行ってた!」
『痛い痛い痛い』
無遠慮に猫の尻尾を掴んで引っ張っているのは、七、八歳くらいの少年だった。
「え、誰!?」
思わず口から飛び出た疑問に、猫の尻尾を片手でぎゅっと握り締めていた少年がこちらを向いた。
眩い金髪に、青空を連想させる青い瞳。どこぞのお坊ちゃんのような質のいい衣服に身を包んだ少年は、なぜか私のことを勢いよく指さしてきた。
「これ俺の猫なんだけど! 勝手にとらないで」
「え、あ。ごめんなさい」
突然現れた少年に驚いていた私は、彼に向き直って頭を下げておく。どうやらこの聖獣を名乗る猫は、この少年の飼い猫(?)らしい。
『誰がおまえの猫だ。ボクは聖獣だって言ってるだろうが!』
「うるさいっ」
『痛いっ!』
猫と呼ばれるのが気にくわないのか。毛を逆立てて少年に抗議した猫だったが、キッと眉を吊り上げた少年に頭を叩かれて悲鳴を上げた。
神聖な聖獣なのに。子供にめちゃくちゃ叩かれている。
これはいいのだろうか?
猫と少年を見比べて、私は中途半端に両手を伸ばしたままオロオロすることしかできなかった。