不幸令嬢、今度は継母として新しい幸せを手に入れます!
 大股でこちらに寄ってきたアルフレッドは、私の前でぴたりと足を止めた。その腰に、ロイが突進するような勢いで抱きついている。それを難なく受け止めてから、アルフレッドはロイの頭を優しく撫でた。

「ロイ。こちらの方は?」

 涼やかな声音に、ロイがにこっと笑った。
 呆然とアルフレッドの顔を眺めていた私は、世のご令嬢たちが彼に夢中になる理由を理解した。これまでは噂でしか知らなかった美男がすぐ目の前にいる。まるで絵画から抜け出してきたような完璧な美貌である。透き通る肌に、太陽の下で輝く少しウェーブした金髪。青と緑の中間のような絶妙な色をした澄んだ瞳。

 背筋を伸ばしてこちらを見据えたアルフレッドに、私は慌てて居住まいを正した。

「は、はじめまして。私、メアリー・ロバーツと申します」

 突然屋敷を訪れた無礼を詫びようと頭を下げた私であったが、緊張に声が少し震えてしまう。腰を曲げたまま、顔を上げるタイミングを計る。アルフレッドの美貌を直視するのは、少しだけ勇気がいる。
 そんな私を横目に、ロイがアルフレッドの片腕にしがみついたまま「この人はね、メアリーだよ」と得意気に言い放った。しかしその後に続いた爆弾発言に、私は腰を抜かす羽目になる。

「俺の新しいお母様なの!」
「……うん?」

 綺麗な笑みにヒビの入ったアルフレッドが、ロイを驚愕の表情で見下ろした。次に、困惑を含んだ視線が私へと向けられる。
 けれども私の驚きはそれ以上である。

「えぇえ!?」

 勢いよく頭をあげて、次いで大声をあげてみせる私をよそに、ロイが無邪気に「メアリーは二十六歳だって!」と言いながらアルフレッドにしがみついている。

「お父様は二十八歳でしょ? だいたいおんなじだから、いいと思うよ!」
「ロイ、ちょっと落ち着こうか」

 苦笑するアルフレッドは、ぴょんぴょん跳ねるロイの頭を優しく撫でる。
 しかしテンションの上がっているらしいロイは、それくらいでは止まらない。私アルフレッドのことをきらきらした目で見比べている。

「メアリーはね、最近離婚したばっかりなんだって! 夫に離婚を突き付けられたんだって!」
「うわぁ! ちょっと、ロイくん! やめて!」

 私の恥ずかしすぎる個人情報をぺらぺら披露してしまうロイは、私が先程ミミに語って聞かせた事の顛末をやはりバッチリ聞いていたらしい。

「実家の居心地が悪いから、はやく新しい人と結婚して出て行きたいんだって!」
「ロイくん、やめてぇ!」

 私の恥! こんなところで暴露しないで!

 今すぐにロイの口を塞ぎたい衝動に駆られるが、まさか彼の父親の前でそんなことはできない。羞恥で顔に熱が集まった私は、両手で顔を覆い隠す。社交界でも注目されている美貌の公爵様にとんでもなく恥ずかしい事実を知られた私はその場に蹲った。

「メアリー、大丈夫?」

 ロイが私の背中を叩いて元気付けようとしてくれているのがわかる。しかし私の元気を奪ったのは君だ。恥ずかしくて顔を上げられない私の頭上から、アルフレッドの「大丈夫ですか?」という優しい声が降ってきた。

「息子が申し訳ない」

 それと同時に、ロイとは明らかに違う大きな手が背中に添えられた。まさかアルフレッドの言葉を無視するわけにもいかず、私は顔を覆ったまま「だ、大丈夫です」と力なく応じた。

「あまり、大丈夫には見えませんが」

 気遣わしげに声をかけてくれるアルフレッドの声が、先程よりも近くから聞こえた。すぐ隣で、人の気配がする。ゆっくりと顔をそちらに向けて、顔を覆っていた両手を外してみる。

「う、わ」

 思っていたよりも近くにアルフレッドの顔があって、変な声がもれた。間近で見るとより一層輝いているアルフレッドは、その眉間に僅かに皺を寄せている。

「よければ、少し休んでいかれますか?」
「え」
「あぁ、申し遅れました。僕はアルフレッド・ブライアン。息子がお世話になったようで、ありがとうございます」
「え、いや、そんな」

 世話と呼べるほどのことはしていない。むしろ無意味に恥を晒しただけのような気がする。
 慌てて立ち上がった私は、「失礼しました」と頭を下げておく。その際に、自身の格好が目に入った。薄いワンピースは、所々が土に汚れている。自分でも酷い格好だと思う。隙のないアルフレッドの前に立つと余計に惨めだ。

「あの、勝手にお邪魔してしまい申し訳ありません」
「いえ、ロイが無理を言ったのでしょう。この子と遊んでくれてありがとうございます」

 綺麗な笑みを向けられて、なんだか照れてしまう。
 しかし照れている場合ではない。自分が場違いなことは、考えるまでもなく理解できた。はやいところ退散してしまおうと、無理矢理に笑顔を浮かべる。

「あの、お忙しいところ失礼いたしました。では、私はそろそろ」

 帰りますと口にする前に、ロイが「ダメだよ!」と大きな声を発した。いまだにアルフレッドの腕を引っ張っているロイは「メアリーはここに住むんだよ!」と頬を膨らませている。
 それにアルフレッドが困ったように眉尻を下げた。そんな顔をしていても、絵になるから不思議である。

「ロイ。無茶を言ったらいけないよ」

 優しく注意するアルフレッドであるが、ロイはそれくらいでは引き下がらない。

「メアリーは、結婚できなくて困ってるんだよ! お父様が結婚してあげればいいじゃん!」

 子供らしく無邪気に提案するロイに、私の口から「ひぇ……!」と情けない悲鳴がもれる。一体どうしてロイは私に拘るのだろうか。気に入られるようなことをした覚えはないのだけど。
 アルフレッドとロイを見比べて、オロオロすることしかできない私であったが、唐突にロイが木陰で丸くなるミミを指さした。

「メアリーはね、あの猫見ても驚かないんだよ」
「え?」

 これにアルフレッドが静かに目を見開いた。
 驚いたように私とミミを見比べたアルフレッドは「本当に?」と独り言のような声量で呟いた。たじろぐ私は、咄嗟に返事ができない。その代わり、ロイが元気に「本当だよ!」と手を挙げた。

「猫がしゃべっても驚かないの。あの猫にね、夫に離婚を突き付けられたって愚痴ってた」
「ロ、ロイくん。お願いだから、その話はもうやめて……!」

 私の離婚話をそう何度も公爵様に聞かせないでほしい。
 慌てて間に入った私だが、アルフレッドの驚きに満ちた綺麗な瞳に見据えられて動きを止めた。

「……あなた、意外と肝が据わっているんですね」

 ぽつりと発せられたアルフレッドの言葉に、目を瞬く。自分の肝が据わっているなどと思ったことはないのだが、よくよく考えるとこの状況ではそう思われても仕方がない。ほとんど面識のない公爵家の別邸に素知らぬ顔で居座り、おまけにそこのご令息であるロイに馴れ馴れしい態度で接してしまった。図々しい女だと思われたかもしれない。

 恥ずかしいやら不甲斐ないやらでカッと顔が赤くなる私に、アルフレッドが「あ、いえ。悪い意味ではなくて」と言い添える。

「あの猫、ロイが拾ってきたのですが。あの通り人間の言葉を理解する不思議な生き物でして。本人は聖獣と名乗っているのですが、僕にはよくわからなくて」
「あぁ、そうですね。私も聖獣なんて初めて聞きました」

 だから私にもよくわからないと言えば、アルフレッドがふっと口元を緩めた。先程までのどこか作り物のような完璧な笑みではなく、温かい笑みだった。

「あのしゃべる猫を見て、取り乱さない人はあなたが初めてだ」

 意外と子供っぽい笑い方をするアルフレッドを前にして、私は自身の心臓が大きく跳ねるのを感じた。
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