不幸令嬢、今度は継母として新しい幸せを手に入れます!
さあっと吹き抜けた風が、アルフレッドの緩くウェーブした金髪を撫でていく。
にこやかな笑みを浮かべた彼の隣では、ロイが目を輝かせながら私とアルフレッドをしきりに見比べていた。その小さな手が、ぎゅっと握られている。
『いや、そいつも取り乱してたけどね』
何ともいえないこそばゆい空気に割って入ったのは、少し離れた木陰で丸くなっていたはずのミミであった。尻尾をゆらゆらと揺らしながら私とアルフレッドの足元を行き来するミミは、『すっごい悲鳴あげてたよ』とニヤニヤ笑いながら言った。
それは仕方のないことだろう。人語を操る猫を見て、悲鳴をあげないなんて無茶だ。
そっとミミから視線を外す私。対するアルフレッドは、くすりと小さく微笑んだ。
「僕も初めて見たときには悲鳴をあげてしまったよ。それが普通の反応だよ」
『そうかなぁ? ロイのやつは喜んでボクを捕まえに来たけど』
あぁ、なんとなく想像できてしまった。「しゃべる猫!」と言いながら嬉々としてミミを捕まえに走るロイの姿が。
アルフレッドも同様だったのだろう。「ロイは尋常じゃないくらいに肝が据わっているから」と苦笑した。
「ロイのそういうところは、きっとミランダに似たのだろうね」
ミランダとは、アルフレッドと死別した妻の名前。ロイにとっては母親にあたる人物だ。若くして病気で亡くなってしまったと聞いている。
「ミランダも随分肝が据わっている人だった」
懐かしむようにしみじみ呟いたアルフレッドであったが、すぐに「ごめんね。暗い話をして」と口元に笑みを作る。
「いえ、暗い話だなんて」
アルフレッドとロイにとっては大事な人である。そんな大切な人を思い出すのに、後ろめたい気持ちになる必要なんてない。むしろこの美貌の公爵様を射止めたミランダに興味が湧いた。
「ミランダさんって、どんな方だったんですか?」
自然と口から出てきた言葉に、アルフレッドが僅かに目を見開いた。その碧眼が、きらきらと輝いたような気がした。
「あのね! お母様は花よりも甘いお菓子が好きだったの」
はいはいと手を挙げて教えてくれるロイに、アルフレッドも「そうだったね」と目を細めた。
「僕が花を贈っても、こんなものより食べられる物のほうが嬉しいって文句を言うような人だった」
控えめに微笑みながら語るアルフレッドは、頬にかかった横髪を耳にかける。
「楽しい人だったよ」
どこか遠くを眺めながらそうこぼしたアルフレッドは、隣に立つ私を横目で見て悪戯っぽく笑った。
「僕ばかり話を聞いてもらって悪いね。えっと、元夫の愚痴でも聞こうか?」
「やめてくださいよ、もう思い出したくもないので」
両手で口元を覆い「勘弁してください」と苦々しく呟く私に、アルフレッドが「ごめんごめん」と肩を揺らした。
作り物めいた雰囲気はなく、気さくで子供っぽい笑顔。どこか遠い世界にいる憧れの存在というイメージとはかけ離れた姿に、私は釘付けとなった。
意外と親しみやすい一面もあるのか。
目を瞬いていると、ロイがおもむろに私の手を握った。そうして空いている方の手をアルフレッドに伸ばしている。
「お母様もね、メアリーが俺の新しいお母様になったら喜んでくれると思うよ」
「え」
いや、それはちょっと。いくらなんでも話が飛躍しすぎている気がする。
しかしロイの中では話がまとまったらしく、「メアリー、ここに住んでいいよ」と言い放った。満足そうにうんうん頷いているロイに、アルフレッドが「こら、ロイ」と眉を寄せた。
「メアリーを困らせたらいけないよ」
え、私の名前。
なんかしれっと呼ばれたんだけど。
思わずアルフレッドの顔を凝視していれば、それに気が付いた彼が頬をかいた。
「僕のこと、アルでもアルフでも。好きに呼んで」
「え、いや! そんな恐れ多い!」
「恐れ多くないよ。僕は単なる父親です。そんなに畏まる必要はないよ」
ね? とロイそっくりの無邪気な笑みを向けられて、思わず後退る。
急に距離を詰められて、ちょっと心臓がもたない。片手で胸のあたりを押さえる私に、ロイが「どうしたの?」と不思議そうな目を向けてきた。
ぐいぐい私と繋いだ手を引っ張るロイは、「俺のことはロイって呼び捨てでいいよ」と話を先に進めてしまう。
いつの間にか、ロイを中心にして三人で仲良く手を繋いでいた。まるで仲良し親子のような構図に、私はロイとアルフレッドを順番に眺めた。
もし、本当に私がこのふたりと暮らせたらと少し考えてみる。
それと同時に、結婚当初は優しかったジョセフの顔が浮かんできた。ジョセフと一緒であれば、幸せになれるとあの頃の私は割と本気で信じていた。それが崩れたのは、いつ頃からだろうか。
ジョセフのように、後から態度が変わってしまったらと思うとそれ以上は何も考えられなくなった。ジョセフの態度が冷たくなったのは、私の不幸体質が原因だった。それがある以上、アルフレッドやロイだって私と関わるうちに嫌悪感を募らせる可能性がある。
子供のように無邪気な笑みを浮かべるふたりが、ジョセフのように私を冷たい目で見つめるようになってしまったら。私はたぶん、耐えられないと思う。
やんわりとロイの手を外す。首を傾げたロイが、再び私の手を握ろうと小さな手をこちらに伸ばしてきた。それをさり気なくかわしてから、私はアルフレッドに軽く頭を下げた。
「すみません。長居してしまって」
「いや、構わないよ。しばらくはここに滞在しているから。よければ、またロイと遊んでやって」
「はい。私でよければ」
必要以上に仲良くならなければ、ふたりが私の不幸体質に気が付くことはないだろう。いや、いろんなところで不幸なメアリーと噂になっているから、そのうち知られてしまうかもしれないけれど。
ばいばいとロイに手を振って、私はふたりに背中を向けた。ミミが『もう帰るの?』と足元に擦り寄ってくるけど、「うん。ごめんね」と言って前を向いた。
その時であった。
ガクッと右足首が変な方向に傾いた。足元が急に不安定になり、大きくバランスを崩してしまう。短く悲鳴をあげた私は、地面に倒れ込む覚悟をした。
「大丈夫!?」
けれども思っていたような衝撃はいつまでも襲ってこず。代わりに肩を抱きかかえられて、耳元でそんな焦ったような声が聞こえてきた。
「ア、アルフレッド様?」
「いいよ、僕のことも呼び捨てで」
囁くように言った彼は、「あー、ヒールが折れてる」と私の足元に視線を落とした。
「え!? あ、すみません!」
ここでアルフレッドに抱き締められるような体勢であることに気が付いた私は、急いで彼から離れようとする。けれども「危ないよ」と眉を寄せたアルフレッドに引き寄せられて、そのままひょいと横抱きにされてしまった。
いや、えぇ!?
心の中で盛大に悲鳴をあげる私。待って! こんなのジョセフにもされたことないんだけど。
「メアリー、靴折れたの? どんまーい」
『ほんと、どんくさいね』
横で好き勝手言っているロイとミミの声が、私の耳を右から左へと通り抜けていく。
危なげない様子で私を横抱きにしてみせるアルフレッドの顔に自然と目が向いてしまう。
「え、あの」
「大丈夫。落としたりしないから」
そんな心配は私もしていない。そうじゃなくて、なにこのシチュエーション。今までモテとは無縁の生活を送ってきた私にとっては、とんでもない状況である。
あまりのことに、心臓がバクバク音を立てる。屋敷に向かって歩くアルフレッドに抱えられたまま、私は心の中で声にならない悲鳴をあげ続けていた。
にこやかな笑みを浮かべた彼の隣では、ロイが目を輝かせながら私とアルフレッドをしきりに見比べていた。その小さな手が、ぎゅっと握られている。
『いや、そいつも取り乱してたけどね』
何ともいえないこそばゆい空気に割って入ったのは、少し離れた木陰で丸くなっていたはずのミミであった。尻尾をゆらゆらと揺らしながら私とアルフレッドの足元を行き来するミミは、『すっごい悲鳴あげてたよ』とニヤニヤ笑いながら言った。
それは仕方のないことだろう。人語を操る猫を見て、悲鳴をあげないなんて無茶だ。
そっとミミから視線を外す私。対するアルフレッドは、くすりと小さく微笑んだ。
「僕も初めて見たときには悲鳴をあげてしまったよ。それが普通の反応だよ」
『そうかなぁ? ロイのやつは喜んでボクを捕まえに来たけど』
あぁ、なんとなく想像できてしまった。「しゃべる猫!」と言いながら嬉々としてミミを捕まえに走るロイの姿が。
アルフレッドも同様だったのだろう。「ロイは尋常じゃないくらいに肝が据わっているから」と苦笑した。
「ロイのそういうところは、きっとミランダに似たのだろうね」
ミランダとは、アルフレッドと死別した妻の名前。ロイにとっては母親にあたる人物だ。若くして病気で亡くなってしまったと聞いている。
「ミランダも随分肝が据わっている人だった」
懐かしむようにしみじみ呟いたアルフレッドであったが、すぐに「ごめんね。暗い話をして」と口元に笑みを作る。
「いえ、暗い話だなんて」
アルフレッドとロイにとっては大事な人である。そんな大切な人を思い出すのに、後ろめたい気持ちになる必要なんてない。むしろこの美貌の公爵様を射止めたミランダに興味が湧いた。
「ミランダさんって、どんな方だったんですか?」
自然と口から出てきた言葉に、アルフレッドが僅かに目を見開いた。その碧眼が、きらきらと輝いたような気がした。
「あのね! お母様は花よりも甘いお菓子が好きだったの」
はいはいと手を挙げて教えてくれるロイに、アルフレッドも「そうだったね」と目を細めた。
「僕が花を贈っても、こんなものより食べられる物のほうが嬉しいって文句を言うような人だった」
控えめに微笑みながら語るアルフレッドは、頬にかかった横髪を耳にかける。
「楽しい人だったよ」
どこか遠くを眺めながらそうこぼしたアルフレッドは、隣に立つ私を横目で見て悪戯っぽく笑った。
「僕ばかり話を聞いてもらって悪いね。えっと、元夫の愚痴でも聞こうか?」
「やめてくださいよ、もう思い出したくもないので」
両手で口元を覆い「勘弁してください」と苦々しく呟く私に、アルフレッドが「ごめんごめん」と肩を揺らした。
作り物めいた雰囲気はなく、気さくで子供っぽい笑顔。どこか遠い世界にいる憧れの存在というイメージとはかけ離れた姿に、私は釘付けとなった。
意外と親しみやすい一面もあるのか。
目を瞬いていると、ロイがおもむろに私の手を握った。そうして空いている方の手をアルフレッドに伸ばしている。
「お母様もね、メアリーが俺の新しいお母様になったら喜んでくれると思うよ」
「え」
いや、それはちょっと。いくらなんでも話が飛躍しすぎている気がする。
しかしロイの中では話がまとまったらしく、「メアリー、ここに住んでいいよ」と言い放った。満足そうにうんうん頷いているロイに、アルフレッドが「こら、ロイ」と眉を寄せた。
「メアリーを困らせたらいけないよ」
え、私の名前。
なんかしれっと呼ばれたんだけど。
思わずアルフレッドの顔を凝視していれば、それに気が付いた彼が頬をかいた。
「僕のこと、アルでもアルフでも。好きに呼んで」
「え、いや! そんな恐れ多い!」
「恐れ多くないよ。僕は単なる父親です。そんなに畏まる必要はないよ」
ね? とロイそっくりの無邪気な笑みを向けられて、思わず後退る。
急に距離を詰められて、ちょっと心臓がもたない。片手で胸のあたりを押さえる私に、ロイが「どうしたの?」と不思議そうな目を向けてきた。
ぐいぐい私と繋いだ手を引っ張るロイは、「俺のことはロイって呼び捨てでいいよ」と話を先に進めてしまう。
いつの間にか、ロイを中心にして三人で仲良く手を繋いでいた。まるで仲良し親子のような構図に、私はロイとアルフレッドを順番に眺めた。
もし、本当に私がこのふたりと暮らせたらと少し考えてみる。
それと同時に、結婚当初は優しかったジョセフの顔が浮かんできた。ジョセフと一緒であれば、幸せになれるとあの頃の私は割と本気で信じていた。それが崩れたのは、いつ頃からだろうか。
ジョセフのように、後から態度が変わってしまったらと思うとそれ以上は何も考えられなくなった。ジョセフの態度が冷たくなったのは、私の不幸体質が原因だった。それがある以上、アルフレッドやロイだって私と関わるうちに嫌悪感を募らせる可能性がある。
子供のように無邪気な笑みを浮かべるふたりが、ジョセフのように私を冷たい目で見つめるようになってしまったら。私はたぶん、耐えられないと思う。
やんわりとロイの手を外す。首を傾げたロイが、再び私の手を握ろうと小さな手をこちらに伸ばしてきた。それをさり気なくかわしてから、私はアルフレッドに軽く頭を下げた。
「すみません。長居してしまって」
「いや、構わないよ。しばらくはここに滞在しているから。よければ、またロイと遊んでやって」
「はい。私でよければ」
必要以上に仲良くならなければ、ふたりが私の不幸体質に気が付くことはないだろう。いや、いろんなところで不幸なメアリーと噂になっているから、そのうち知られてしまうかもしれないけれど。
ばいばいとロイに手を振って、私はふたりに背中を向けた。ミミが『もう帰るの?』と足元に擦り寄ってくるけど、「うん。ごめんね」と言って前を向いた。
その時であった。
ガクッと右足首が変な方向に傾いた。足元が急に不安定になり、大きくバランスを崩してしまう。短く悲鳴をあげた私は、地面に倒れ込む覚悟をした。
「大丈夫!?」
けれども思っていたような衝撃はいつまでも襲ってこず。代わりに肩を抱きかかえられて、耳元でそんな焦ったような声が聞こえてきた。
「ア、アルフレッド様?」
「いいよ、僕のことも呼び捨てで」
囁くように言った彼は、「あー、ヒールが折れてる」と私の足元に視線を落とした。
「え!? あ、すみません!」
ここでアルフレッドに抱き締められるような体勢であることに気が付いた私は、急いで彼から離れようとする。けれども「危ないよ」と眉を寄せたアルフレッドに引き寄せられて、そのままひょいと横抱きにされてしまった。
いや、えぇ!?
心の中で盛大に悲鳴をあげる私。待って! こんなのジョセフにもされたことないんだけど。
「メアリー、靴折れたの? どんまーい」
『ほんと、どんくさいね』
横で好き勝手言っているロイとミミの声が、私の耳を右から左へと通り抜けていく。
危なげない様子で私を横抱きにしてみせるアルフレッドの顔に自然と目が向いてしまう。
「え、あの」
「大丈夫。落としたりしないから」
そんな心配は私もしていない。そうじゃなくて、なにこのシチュエーション。今までモテとは無縁の生活を送ってきた私にとっては、とんでもない状況である。
あまりのことに、心臓がバクバク音を立てる。屋敷に向かって歩くアルフレッドに抱えられたまま、私は心の中で声にならない悲鳴をあげ続けていた。