不幸令嬢、今度は継母として新しい幸せを手に入れます!
 私を抱えたまま屋敷の一室に入ったアルフレッドは、ソファに私をおろしてくれた。ぴょんと隣に飛び乗ってきたロイが、折れたヒールを眺めて足をぶらぶらさせている。

「メアリー。足痛い?」
「ううん。大丈夫よ」

 心配そうにこちらを見上げるロイに、にこりと笑ってみせる。ヒールが折れた衝撃で体勢を崩しただけである。幸い足を捻ったりはしていない。

「少し待ってて」

 白いジャケットを空いているソファの背もたれにかけたアルフレッドは、早足に部屋を出て行った。アルフレッドがいなくなったことで、ホッと息を吐き出した。知らず知らずのうちに緊張していたらしい。足首をさすっていると、近くに寄ってきたミミが『捻ったの?』と尻尾を揺らした。

「ううん。大丈夫」

 なんとなく触っていただけである。あまり心配させるのも悪いので、姿勢を正しておく。
 応接室のような室内を眺めてみる。毛足の長い絨毯に、座り心地の良いソファ。壁際に据えられた棚には、花の活けられた花瓶が置かれている。細部まで趣味の良い部屋であった。

「ねー」
「うん?」

 隣に座っていたロイに袖を引かれて、そちらに視線をやる。
 なぜかきらきらと目を輝かせているロイは、内緒話でもするように私の耳に口を近付けてきた。

「お父様、かっこいいでしょ?」

 小声で問いかけられた内容に、私は思わず口元を緩める。かっこいい父親のことを自慢したいのだろう。すごく微笑ましい。
 けれどもその後に続いた言葉に、私の笑顔が引きつってしまう。

「お父様のこと、好きになった?」
「っ! な、なに言ってるの?」

 わたわたと手を振る私に、ロイがにやにやと笑う。なぜかソファに飛び乗ってきたミミまでもが『お似合いだと思うけど?』と茶化すようなことを言う。
 社交界でも憧れを集める公爵様と、最近離婚を突き付けられた子爵家の私である。自分で言うのも悲しいのだが、まったく釣り合わない。

「大人をからかわないの」
「えー?」

 足をぶらぶらさせるロイは、ミミを引き寄せてその背中を撫でている。最初は優しく撫でていたのだが、徐々にミミの背中をポンポン叩き始める。これにミミが『やめろよ!』と毛を逆立てる。

「でもお父様、優しいでしょ?」

 ミミの抗議をきれいに無視して、ロイが首を傾げた。アルフレッドが優しいのは事実なので、「そうだね」と頷いておく。突然屋敷に現れたこんな怪しい女にも微笑みかけてくれるくらいである。相当優しい人だと思う。
 おまけに公爵様。次の再婚相手くらい簡単に見つかりそうなものだけど。もしやミランダのことが忘れられずに独身を貫くつもりなのだろうか。ミランダとの思い出を語るアルフレッドは、それは優しい表情をしていた。

 私の考えていることが筒抜けなのか。ロイがミミを少し乱暴に撫でながら「お父様はね、また結婚するつもりあるよ」と言った。

「そうなの?」
「うん。俺の新しいお母様が必要だって言ってたから」
「……ロイくんは、それでいいの?」
「なにが?」

 子供にとって、母親とは特別な存在なのではないだろうか。私も、時折私を産んでくれた本当の母について考えることがある。父の浮気相手だったという情報しか教えてもらえていないのだが、おそらく私の銀髪は母譲りなのだと思う。

 ずっとお母様だと思っていたあの人と、血がつながっていないと知ったときには本当にショックだった。もちろん私を育ててくれた母であることに変わりはないのだけれども、それでも色々と思うことはある。

 鈍い私でさえ考えることはたくさんあるのだ。ロイだって、色々と思うことがあるに違いない。
 新しい母親の存在を簡単に受け入れられるのだろうか。いや、私はロイの母親になる予定はないのだけど。
 余計なお節介だっただろうか。他人の私が変なことを訊いてしまったかもしれない。頭なの中であれこれ考えていると、ロイが私の手を握ってきた。

「俺は、メアリーだったらいいと思うよ。猫とも仲良いから」
『よくない! なんでボクがそんなどんくさい奴と仲良くしなきゃならないんだ』

 可愛げのないミミは、そう言って顔を背けてしまう。しかし私は、それどころではない。ロイの顔を見つめると、そこには裏表のない笑顔が浮かんでいる。どうしてそこまで私に気を許してくれるのだろうか。
 戸惑う私であったが、そこへアルフレッドが、戻ってきた。

「すまない。遅くなったね」

 使用人と共に入室してきた彼は、流れるような動作で私の前に膝をついた。「え?」と慌てる私は立ち上がろうとするが、にこやかな表情のアルフレッドに「座ってて」と言われて腰を落ち着ける。けれども気持ちはまったく落ち着かない。
 そわそわする私であったが、アルフレッドは涼しい表情だ。使用人に持たせていた箱を受け取った彼は、丁寧な仕草で中の物を取り出した。

「あ、それって」
「ミランダが昔使っていた物だけど。ごめんね」
「え! いいんですか? そんな大切な物」

 可愛らしい薄青のシンプルなヒールの低い靴。「これなら折れる心配はないと思うよ」と冗談めかして笑うアルフレッドに、私もつられて笑ってしまう。

「私、昔から本当に運が悪くて」

 思わずといった感じで口から飛び出した言葉。少々愚痴っぽい言い方になってしまい慌てて笑って誤魔化しておく。

「さっきみたいに?」

 けれどもアルフレッドは、靴を眺めながら話を掘り下げようとしてくる。
 私の前に薄青の靴をきれいに揃えて置いたアルフレッドは、「どうぞ」と手のひらで示した。ヒールの折れた靴で帰るのは難しい。ここはご厚意に甘えておこう。

「ありがとうございます。そうなんです。さっきみたいに絶対に今じゃない! てところでやらかしてしまうんですよね……」

 あそこは、ふたりに背中を向けて颯爽と立ち去る場面だった。それなのに、盛大に躓いてしまった。思い出して顔をちょっぴり赤くする私の横で、ロイが「でも面白かったよ」となんの慰めにもなっていない言葉を吐いた。私はみんなを笑わせようと思っているわけではないのだ。

 こぼれそうになるため息を懸命に堪えていれば、アルフレッドが「考え方の問題じゃない?」と予想外のことを口にする。

「考え方の?」
「そう。ヒールが折れたのは、メアリーにとっては不幸なことだったのかもしれないけど」

 そこで言葉を切ったアルフレッドは、私の履いた靴を見て満足そうに頷いた。とりあえず今日はありがたく借りるが、またすぐに返しにこなければいけない。大事に保管してあったのだ。大切な物なのだろう。
 そんなことをつらつら考えていると、アルフレッドが向かいのソファに腰掛けた。

「でも、僕にとってはこうしてメアリーと話せる時間が増えたから。幸運だったかもしれない」
「え」

 本気なのか、冗談なのか。
 よくわからない表情で言ったアルフレッドは、「ロイ。ミミを叩いたらいけないよ」と優しい笑みを私の隣に向けた。見れば、ロイが無言でミミの頭をペシペシと叩いていた。それに「ミミが叩いていいって言った!」と無茶な言い訳をしている。案の定、ミミが『そんなこと言うわけないだろ!』と毛を逆立てている。

 途端に騒がしくなった室内にて、私はアルフレッドの顔を凝視していた。

 え、今の発言はなに!? 私をからかっているのか?

 アルフレッドの発言の真意が掴めずに、ひとりで静かに困惑する。その間も、隣ではロイとミミが盛大に言い合いをしている。それをにこにこと見つめるアルフレッドは、とても優しい目をしていた。その碧眼が、私を捉えた。

 慌てて視線を逸らした私であるが、アルフレッドが小さく微笑むのが気配でわかった。
< 7 / 11 >

この作品をシェア

pagetop