不幸令嬢、今度は継母として新しい幸せを手に入れます!
 自宅まで送ってくれるというアルフレッドの申し出を丁寧に断ってから、私はひとり帰路についた。アルフレッドが「本当にひとりで大丈夫?」としきりに心配してくれたのだが、そこまで遠くないのでまったく問題はない。アルフレッドとロイ、それにミミと一緒にいたのは短い時間だったのだが、なんだかあの賑やかさに慣れてしまった自分がいる。ひとりの帰り道が、ひどく寂しくて静かに感じられた。

 借りた靴は、意外とぴったりだ。ミランダは私と背格好が似ていたのかもしれない。ロイが私に懐いたのは、それも理由なのだろうか。

 なんだか夢みたいな時間だったなと、空を見上げた。ミミの存在はもちろんのこと、ずっと手の届かない遠い存在だと思っていたアルフレッドと、間近で会話してしまった。おまけにアルフレッドは、私に微笑みかけてくれた。

 ロイによる無邪気な発言もあわさって、変な勘違いをしそうになる。

 けれども子爵家の出身で、おまけに最近離婚したばかりの私にアルフレッドが本気で好意を向けるとは思えない。おそらく私のことをからかっているのだろう。それか自分が不幸だと嘆く憐れな私を心配してくれただけなのかもしれない。
 とにかくアルフレッドの言動に深い意味はないと思う。アルフレッドたちが別邸であるあの屋敷に滞在するのは、あとどれくらいなのだろうか。

「……靴、返しに行かないと」

 帰宅して部屋に戻った私は、ようやく肩の力を抜いた。



 靴を返しに行かなければと思いつつ、なんとなく気分が乗らない私。もう使用人に届けに行ってもらおうかと考えるくらいには、あの屋敷に足を向けることを躊躇していた。

 別に嫌な思いをしたわけではない。むしろ楽しかった。
 しかし必要以上に仲良くなって、ジョセフみたいに後から冷たい目を向けられるのは嫌だし、怖い。そんなわけで、私はあの別邸へ赴く決意ができずにいた。
 私がロイと知り合ってから三日経ったある日。父が晴れやかな顔で私を呼んだ。父の隣には、同じくらいにこやかな表情の母もいる。

「メアリー! 新しい縁談が来たぞ」
「え?」

 その報告に、私は心底驚いた。だって巷で不幸なメアリーとして噂の広まっている私である。おまけに先日離婚したばかりで、家だって権力を持たない子爵家なのだ。正直、私を選ぶメリットなんてないと思う。

 そんな私に縁談を持ち掛けるとは、一体どんなもの好きなのか。しかしチャンスであることに変わりはない。
 もはや一生結婚できないのでは、とあれこれ考え始めていた頃である。この嬉しい知らせに、私は深く考えもせずに反射で頷いた。これを逃がせば、きっと次はない。

「よかったわね、メアリー」
「はい。お母様」
「今度は、すぐに離婚なんてやめてちょうだいね」
「……はい」

 母の言葉に、私はぎこちなく頷いた。
 たしかに、二度も離婚を突きつけられたら洒落にならない。そうならないように、今度は慎重に行動しなければならない。余計なことはせずに、おとなしくしておこう。こっそり決意した私は、居住まいを正してから父を見据えた。

「ところで、お相手の方は?」

 一体どこの誰だろうか。できれば優しい人でありますように。
 祈るような気持ちで返答を待つ。母と顔を見合わせた父が「聞いたら驚くぞ」と意味深に言った。

「なんとあのブライアン公爵だ。噂くらい聞いたことあるだろう?」
「……はい?」

 間抜けな声をもらした私に、父は満面の笑みを向けた。どうやら私が喜びのあまり反応が追い付いていないと判断したらしい。
 けれども私の頭を占めたのは、喜びの感情だけではない。

「え、ブライアン公爵って。アルフレッド・ブライアン様ですか?」

 聞き間違いかと思い、思わず前のめりに尋ねる。破顔して大きく頷いた父は「すごいじゃないか、メアリー!」と喜びを前面に出した。

「あの美貌の公爵様が、うちのメアリーに目を付けるとは。いやぁ、でもメアリーは美人だからな。公爵様も見る目があるじゃないか」

 急な親バカを発揮する父は、腕を組んでしきりに頷いている。それを横で聞いていた母が、口元にうっすら笑みを浮かべた。あまり感情の読めない冷たい笑みに、私は身じろいだ。

「でも公爵様って、たしか子供がいたわよね。結構な問題児って噂よ。亡くなった奥さんも、かなり個性的な人だったと聞いたことがあるし。ねぇ?」

 意味深に父へと視線を送った母であるが、喜びにテンションの上がっている父はそこに含まれる侮蔑の色に気が付かない。
 いや、ロイはたしかにヤンチャなところがあるけど問題児ってほどでもないだろう。はやくに母親を亡くして、それでも泣かない強い子なのだ。それに前妻のミランダだって、アルフレッドとロイに愛されていたのだ。

 そんな風に、なにも知らないくせにふたりのことを悪く言わないでほしい。思わず顔をしかめた私であるが、私だってふたりのことはよく知らない。ここで母に言い返すのもおかしな気がして、グッと言葉を飲み込んだ。

 子爵家の私に、公爵様が縁談を持ち掛けるなんて普通に考えればおかしな話である。しかし浮かれて妙な親バカを発揮している父は、その点については深く考えない。母のほうは、公爵様でも子持ちだということがネックになって中々再婚できないのだと理解したようだ。はやくも結婚に乗り気の両親を前にして、私は静かに困惑していた。

「あ、あの。私、やっぱりお断り――」
「断るだなんて、言わないでね。メアリー?」

 私の言葉に被せるようにして、母が言った。にこりと口元に笑みを浮かべている母だが、その目は笑っていない。

「ようやくあなたの再婚が決まって、こっちはホッとしたのよ。お願いだから、これ以上の我儘はやめてちょうだいね」

 予想していたのよりも随分と穏やかな声音で言われて、私は咄嗟に言葉を飲み込んだ。たしかに、離婚してしまったことで両親には大変な心配をかけてしまった。現在も、心配をかけ続けている。離婚した私が、次の夫を探すのは容易ではない。
 この話を断れば、もう次はないかもしれない。母の言う通り、選り好みしている場合ではないと頭ではきちんと理解している。それでも心のどこかで躊躇している私がいた。どうすればいいのかわからず固まる私に、父が優しく微笑んだ。

「大丈夫だよ、メアリー。この話はあちらから持ってきたんだ。メアリーが遠慮する必要はない」

 父は、私が公爵との結婚に気後れしてしまっていると理解したらしい。あまり接点もないし、正直言って公爵が私と結婚するメリットなんて皆無だろう。一体どうして、こんな話を持ち掛けてきたのか。
 先日のロイの無邪気な笑顔が頭に浮かんだ。

「……わかりました。そのお話、お受けいたします」

 私ひとりが騒いだところで、どうにもならないだろう。こうなったら腹をくくるしかない。

「メアリー! おめでとう」

 心の底から喜んでいるらしい父に、私もつられて笑みがこぼれる。立ち上がってこちらに寄ってきた父が、私の肩を抱いた。

「大丈夫。今度はうまくいくよ」

 父の言葉には、なんの根拠もない。けれども、本当に今度はうまくいくかもしれないと、私も思った。
 私の不幸を、自分にとっては幸運だったと冗談めかして笑ってくれたアルフレッドであれば。私に新しい母になってほしいと目を輝かせていたロイであれば。口が悪くともなんだかんだ私の話を聞いてくれるミミであれば。
 私はうまくやれるかもしれないと、根拠なく思った。

 こうして私は、アルフレッド・ブライアンの妻になる決意をした。
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