仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
贅沢な時間

 霞が関の朝は、静かにはじまる。
 外務省の庁舎に入ると、修吾は無言でIDカードをかざし、ゲートを通過した。欧州局のフロアはまだ人影もまばらで、コピー機の低い駆動音だけが響いている。

 デスクに着くと、すでにメールが十数件届いていた。EU本部からの照会、在外公館からの報告、局内調整の依頼。修吾は椅子に腰を下ろし、手早くジャケットを脱ぐと、モニターに目を走らせた。


 「おはようございます、神谷さん」


 声をかけてきたのは、同じく欧州局に在籍している瀬那(せな)碧唯(あおい)だった。修吾よりふたつ年下だが三年前に結婚して子どももおり、人生経験においては先輩だ。


 「昨日のEU側の回答が届いてますが、ちょっと厄介ですね」


 修吾はうなずき、瀬那が差し出した紙に目を通した。


 「予想通りだな。関税の緩和条件を、文化交流と結びつけてきたか」
 「どうしますか?」
 「まずは文化庁と調整。彼らが譲歩できる範囲を確認する。午後には方針を固めよう」
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