仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
いきなりフィアンセ

 午後一時のオフィス街。七月初旬の陽射しを受けて、ガラス張りの高層ビルが空の青を鏡のように映し出している。その一角、緩やかな曲線を描くファサードに、『ブルームコミュニケーションズ』のロゴが静かに輝いていた。

 磨き上げられたガラス面には通りを行き交うスーツ姿の人々が淡く映り込み、都市の鼓動が反射している。ロビーへ続く自動ドアの前には植栽と石材のベンチが配置され、無機質な建物にわずかなやわらかさを添えていた。

 エレベーターに乗り込んだ誌史は、その扉が開くと手にしたタブレットを確認しながらフロアへ足を踏み入れた。

 パリ旅行から二カ月が経過。昨日は平年より早い梅雨明けが宣言され、太陽が我が物顔で空を占領している。ガラス越しに見える街路樹の葉が、強い日差しに照らされ煌めいていた。

 修吾の部屋に宿泊した翌日、彼とは朝食を一緒に食べたあとに別れ、詩史は再びひとりでパリ観光を楽しんだ。その夜は予約した部屋に泊まり、彼とはそれきり顔を合わせていない。あのトラブルがきっかけでフランス語を真剣に学びはじめたところである。

 彼とは連絡先を交換したため、帰国してからもたまにメッセージや電話でやりとりをしている。内容は近況の報告がほとんどだが、不思議とその短いやりとりの中にふっと背中を押されるような勇気や、日々を乗り越える元気をもらっていた。
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