最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
 それは決して叶わない夢なのだということもわかっていた。

 不安定な段差のある石畳を進んでいくと、指輪の形が刻まれた木製看板が現れた。店先に下がるそれが、風でゆらゆらと揺れ、リーゼたちを招いているように見える。

 シルヴィオは後ろをついてくる従者たちに、店の前で待機するよう声をかけると、片手で薄い木製のドアを押した。

 ギィ、と鈍い音がして開くドアの中を、彼は用心しながらのぞき込み、慎重に踏み入った。

 店内は薄暗く、甘ったるい香水の匂いが漂っている。リーゼですら、公爵御用達の店にしては陰気すぎないかと思ったほどだ。彼がそのような態度を取るのも無理はなかった。

「店主はいるか?」

 警戒心を隠さずにシルヴィオが呼びかけると、暗闇から初老の男がぬっと現れた。
 その瞬間、驚きで叫びそうになったリーゼは、とっさに口もとを両手で覆った。

 その男の顔を、リーゼは知っていた。

 あれは、シルヴィオとの結婚が決まった直後のことだ。結婚準備のため、屋敷には連日、見知らぬ商人たちが出入りしていた。
 その中のひとりに、この男もいた──

 初老の男はリーゼを目に留めると、いかにも人がよさそうな笑みを浮かべ、腰を曲げた。

「これはこれは、リーゼ様。当店へようこそお越しくださいました。店主のバルタザールと申します」
「え、……ええ。父がぜひにと言うものですから、夫と参りました」

 リーゼは強張るほおをゆるめて、シルヴィオを紹介した。
 しかし、ぞくぞくと冷たい寒気がさっきからずっと背中を這っている。

 このバルタザールという男は、リーゼの知る限り、宝石商ではない。
< 18 / 95 >

この作品をシェア

pagetop