最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
 夫婦とはいえ、出会ったばかりの男に等しい。その上、氷の騎士と恐れられる彼は、大陸中に名を轟かせる有数の騎士。そんな彼に気安く話しかける言葉さえも、リーゼはまだ知らなかった。

 黙っていると、意外にも、シルヴィオの瞳に柔らかな色が宿った。

「今、帰った。……変わりはなかったか?」

 リーゼはすっかり戸惑った。

(こんな風に笑う方だったかしら……)

 しかし、取り繕うことを忘れたわけではなかった。彼の前では、リーゼは公爵令嬢としての振る舞いをこなさなければならない。

 だからこそ、唇の端が震えるのを噛み締めて、完璧な微笑みを浮かべてみせた。

 今し方、じわじわと夫を死に追い詰めるための情報を飛ばしたばかりだとは、決して悟られないように。

「おかえりなさい、シルヴィオ様」
「ああ、ただいま」

 シルヴィオはそうつぶやくように言うと、またしてもじろじろとリーゼを眺めた。

 どうにも落ち着かなくなる。何かを見破られたのではないか。だから、早々に帰還したのではないか。

 怒り狂う父、成長した弟を想像し、頬が強張った次の瞬間、視界が黒いマントに覆われた。

 ガシャン、と硬質な金属音が耳元で鳴り響く。
 逃げ場のない強さで、シルヴィオの腕がリーゼを抱きすくめていた。

 冷え切った胸当ての感触。鼻孔をくすぐるのは、冷たい冬の匂いと、かすかな革と鉄の匂い。けれど、首筋に押し当てられた彼の顔からは、火傷しそうなほどの熱気が伝わってくる。

「……会いたかった」

 耳元で囁かれたその声はかすれていた。
< 3 / 95 >

この作品をシェア

pagetop