最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
『俺はここには来なかった。鳥も見つからなかった。……いいな、誰にも言うなよ』

 リーゼはコクンとうなずいた。
 そのとき、二人だけの内緒の約束が生まれた。
 たとえ、夫であるシルヴィオにでも、少年との約束を破って話すわけにはいかなかった。

「いいえ、誰にも」

 リーゼは努めて自然に首を横に振った。

「……そうか。……いや、変なことを聞いてすまない。忘れてくれ」

 シルヴィオの声はどこか低く、そのまま黙り込む。

(もしかして、フィンを異国から取り寄せたのは、シルヴィオ様……? それじゃあ、あのときの少年は、その使い……)

 リーゼは不安になったが、気まずい沈黙を終わらせたくて、あわてて視線を巡らせた。

 ふと、シルヴィオの視線が、テーブルの上で止まっていることに気づいた。
 そこには、読みかけの本と一緒に、広げられたままの大陸の地図があった。

 リーゼは話をそらすために、あわてて口を開く。

「あ、あの……! シルヴィオ様はラグローリアを広く旅なされていたとエルナから聞きました」
「え? ああ、そうだな」

 突然何を? と驚いた様子だったが、シルヴィオは一つうなずいた。

「ちょうど今、読んでいる本が辺境伯の……恋物語なのです」
「恋物語……だと?」

 シルヴィオは拍子抜けした後、テーブルの上の本をつかんで突き出すリーゼが愛しくてたまらないというように目を細めた。

「は、はい。その……辺境伯の暮らす土地というのは、いったい……どういうところなのだろうと、……実は、地図を見ていたのです」

 リーゼはつっかえながらそう話した。
 自分が支離滅裂な話をしているのはわかっていた。しかし、シルヴィオに笑われようが、情報を引き出すチャンスは今しかない。
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