最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
「それで、地図を」

 強引な話にもかかわらず、シルヴィオは何気なく地図を手に取った。

「シルヴィオ様はご存知ですか? 王都エリーシュより東の大地、ノマール地方には辺境伯の治める領地があるのだとか」
「……まあ、知らぬことはない」
「さぞかし、自然豊かな領土なのでしょうね? 本に出てくる辺境伯は、それはそれはとても美しい貴公子で……」
「リーゼ」

 ペラペラとよくしゃべるリーゼをあきれたように見て、シルヴィオはソファに腰掛けると、神妙な顔つきで地図を眺めた。

「地図に、何か……?」

 ここぞとばかりに、リーゼはシルヴィオの隣に座って身を寄せた。

「残念だが、俺はノマールに行ったことはない」
「……そう、なんですか」

 あからさまにがっかりすると、シルヴィオはちょっと笑って、リーゼの頬を親指でこする。

「しかし、この土地がリーゼの想像するような美しい場所でないことは知っている。……本の中の貴公子とやらも、いないだろうな」
「え……、どういうことですか?」

 リーゼはごくりと唾を飲み込んだ。

 知りたい。知らなきゃいけない。
 込み上げてくる思いを押さえ込み、何も知らない無垢な娘のような目で、彼を見上げる。

「リーゼが知らぬ世界だ。これから先も知らなくていい世界が、ここには広がっている」

 穏やかな農村も、辺境伯が恋するような土地も、そこにはない。
 リーゼはそれを、痛いほど知っている。

「何かある領地なのですか?」
「あなたの父上は何も話していないのだな。知りたいか?」
「……はい」

 じっと見つめ合う。
 シルヴィオの目は、愛おしい妻を見つめる目ではなく、騎士の目になっていた。
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