最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
***


 幼い頃、王都エリーシュは憧れの場所だった。
 美しいドレスを身にまとった令嬢が、勇ましい騎士に見初められ、それはそれは幸せに暮らす場所なのだと、両親から聞かされていたからだ。

 実の父であるヨハン・ノイエルは、エルラントで一番美しい娘、アンナと結婚した。母のアンナは町長の末娘だったが、町長の反対を押し切り、貧しい父と結ばれた。

 やがて、リーゼとリヒトというかけがえのない子どもが誕生したが、決して裕福とはいえない生活を送っていた。
 だからだろうか。ヨハンはずっと、アンナに似て美しいリーゼを王都の女学校に、リヒトを騎士団の訓練学校に入れてやると意気込んでいた。

『なんたって、うちのリーゼはどんな令嬢にも負けない美人だからな。王都でもやっていけるさ』
『王都といえば、公爵様のご令嬢も、リーゼ様というそうよ』
『公爵様って、あのヴァルディエ公爵様か? そりゃあ、縁起がいい』

 取りとめのない両親の話を、リーゼは布団の中で、まどろみながら聞いていたものだ。
 王都に行くのは憧れだったが、それは叶わない夢物語だと思っていた。

 まさか、ヴァルディエ公爵に連れられて、王都に来ることになるとは思ってもいなかった。ましてや、リーゼ・ノイエルが、リーゼ・ヴァルディエとして生きることになるとは、想像すらしていなかった。

「奥様、到着いたしました」

 馬車のドアを開く従者が、うやうやしく頭をさげる。リーゼは眼前にそびえる建物を見上げた。

 王都一の豪邸と言われる、ヴァルディエ公爵邸。その圧倒的な威圧感を前に、リーゼは震えそうになる。
 初めてこの屋敷にやってきたときの絶望感、不安、恐怖を、今でも鮮明に覚えている。
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