最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
「そう目くじらを立てるな。今から話すことは、あくまでもうわさだ。だが、いつかおまえの耳に入れておかねばと思っていた」

 レナートは立ち上がるとシルヴィオに歩み寄り、真横に立つと声を低めた。

「公爵令嬢がすり替わっているという話がある」
「……なんと?」
「あるときを境に、元気に歩き回るようになったそうだ」
「あるとき……とは?」

 レナートの鋭い金の目がのぞき込んでくる。

「本物のリーゼ・ヴァルディエが死んだときだ」
「まさか」

 ハッと短い息が漏れる。
 いくらうわさ話だと前置きしたとて、あまりにも荒唐無稽な話だ。だが、レナートの目は真剣そのものだった。

「ヴァルディエ公爵もまた、リーゼ嬢が表に顔を出すようになってから、様子がおかしいとの証言がある。最愛の妻を亡くしたばかりで、様変わりは当然だと言われていたが……、不治の病に伏していたはずの娘を、突然厳しく教育し始めたのにも疑問が残る」
「しかし、それは憶測にすぎません」
「公爵が次期宰相の座を狙っているのは、その言動から明白だ。古くから公爵を知る者たちによれば、やつは元々そのような野心家ではなく、体の弱い妻子を心配する、優しい男であったそうだ」
「優しい……」

 シルヴィオはグッとこぶしを握った。

 リーゼから、父を慕う話は聞いたことがない。しかし、その逆もない。無論、結婚早々、遠征に出発した夫に対して、胸のうちを正直に話す機会もなかっただろう。

 しかし、気にかかることはあった。
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