最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない



 ヴァルディエ公爵邸から戻ったリーゼは、心身ともに疲れ果てていた。
 それでも、シルヴィオが帰宅するまでは起きていようと、暖炉の前で椅子にもたれたまま、すっかり暗くなった窓の外を眺めていた。

「奥様、お着替えをなさいましょう。顔色が優れませんわ」

 ナイトドレスを片手に心配そうにするエルナに促され、リーゼは渋々立ち上がると、どこかギシギシと痛む身体を引きずるようにしてドレッサーの前へ移動した。

 鏡に映る自分の顔を見て驚いた。目が落ちくぼんで、悲壮感が漂っている。これでは、エルナも心配するわけだ。

「シルヴィオ様はまだお帰りにならないの?」
「ブラッツ公爵様との食事会が長引いているのだとか」
「まだレナート様のお屋敷なのね……」

 半年ぶりの帰還とあれば、積もる話もあるだろう。しかし、リーゼは落ち着かなかった。
 アルブレヒトの懸念が正しければ、リーゼの正体にレナートが気づいている可能性があったからだ。

 後ろに回り込むエルナが、背中のひもを解く。ドレスを脱がそうとした瞬間、彼女は息を飲むような悲鳴をあげた。

「お、奥様っ……!」

 彼女の目は見開かれ、リーゼの背中に釘付けになっている。

「何か……」

 リーゼは身をよじり、鏡に映るその姿を見て、ハッと息をのんだ。

 白く滑らかな肌の真ん中に、赤黒いあざがあった。アルブレヒトに杖で打たれたときにできたものだろう。
 こうして眺めていると、シルヴィオが綺麗だと言ってくれた肌が失われたようで、惨めさが込み上げてくる。

「なぜ、このようなことに……。すぐに薬を……っ」

 あわてて部屋を飛び出していこうとするエルナを、リーゼは落ち着いて引き止める。

「いいの、エルナ。大したことないわ」
「ですが、奥様っ!」

 理解しがたいような表情で、エルナが悲痛に叫んだ瞬間、窓の外が騒がしくなった。

 馬のいななきに、使用人たちの話し声。にわかに階下が活気付いたようにあわただしくなる。
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