最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
 耳元でささやかれた低い声に、リーゼはたまらず振り返った。そこには、力強いまなざしがあった。怒りを超えた何か。今にも狂わんばかりに煮えたぎる何かが、冷静な青い瞳に宿っている。

「あ……、シルヴィオ様……、わ、私は……」

 リーゼは手を伸ばし、しがみつくようにシルヴィオを抱きしめた。

 言えるはずはなかった。それをわかってほしいというのは間違いだ。だけど、彼があざを怒ってくれている。それがわかっただけで、涙が出るほどにうれしかった。

 リーゼは自ら唇を押し付けた。一瞬、驚いたようにまばたきをした彼だが、すぐさま主導権を握るように深く重ねてくる。

 お互いを求め合うような、必死なキスに、リーゼの心はいつしか癒されていった。シルヴィオもまた、怒りを鎮めるようなうなり声をあげたあと、リーゼをたぐり寄せ、深く抱きしめた。

「聞いてくれ、リーゼ」

 甘い夜を迎えるのは諦めた。そう感じさせる切実な声がした。何か良からぬ気配を感じて、リーゼは返事をする代わりに彼の背中を抱きしめた。

「俺はもう迷わない」

 緊迫感に耐えきれず、彼を引き離すと、そこには騎士の目をしたシルヴィオがいた。

「……お仕事で、何かあったのですか?」

 尋ねると、彼は苦しげにまぶたを震わせた。

「帰宅が遅くなったのには、わけがある」
「レナート様と積もるお話があったんですよね?」

 尋ねながら、リーゼは内心、おびえていた。聞いたらまた、アルブレヒトに報告しなきゃいけなくなる。それならいっそ、聞かなければいい。

「難しいお話でしたら、私は……」
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