最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
***


 カチャリ、と遠くで扉の閉まる音が聞こえた気がして、リーゼは重いまぶたを持ち上げた。
 隣を見ると、ベッドにシルヴィオの姿はなかった。そっとシーツをなでると、ひんやりしている。

「奥様、おはようございます。お薬をお持ちしました」

 リーゼが身体を起こすと、枕元にやってきたエルナが、銀の盆をサイドテーブルに置く。そこには小さな陶器の薬つぼが乗っていた。

「お薬……?」
「はい。旦那様が早朝から使いを出して、一番効く塗り薬を用意してくださったんですよ」

 エルナはほこらしげにそう話す。

 昨夜、彼はあざの理由を何も聞かなかった。ただ優しく抱き寄せて、傷が痛まないよう、胸を貸してくれた。
 その優しさに報いるものを、自分は何も持っていない。リーゼの胸は罪悪感のようなもので詰まった。

「……すぐにお礼を伝えたいのだけど、シルヴィオ様は?」
「旦那様なら、先ほど街へ出かけられました。急ぎの用事があるとおっしゃられて」
「すぐにお帰りになるかしら?」
「夕方には戻られるかと。なんでも、明日は王城へ出かけるそうで。今日はそのご準備かもしれませんね」

 エルナはそう答えると、リーゼの背中へ丁寧に薬を塗る。

「陛下にお会いになるの?」
「そこまではおっしゃいませんでしたが、陛下は旦那様を大層お気に召していらっしゃいますから、登城されたと知れば、お会いになりたがるかもしれません」

 戦を知らないラグローリアの若き国王マリウスが、シルヴィオの武勇伝に興味深く耳を傾ける姿を想像するのは容易にできた。
 シルヴィオが謁見を望めば、すぐに許可される可能性は高いだろう。

(急がないと……)

 リーゼはドレスを着せてもらうと、長い髪は櫛を通すだけにとどめて、エルナへ願い出る。

「朝食は部屋へ運んでください。フィンもお腹をすかしているわね」
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