最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
 唐突に突きつけられた真実に、リーゼは顔から血の気が引いていくのを感じた。こうもたやすく、シルヴィオがその名を出すとは思っていなかった。

 なぜ、筆頭公爵のレナートに引き立てられ、王国随一の騎士団長にまで登り詰めた、この優秀な男を騙し切れると思っていたのか。

 自らの浅はかさにリーゼは動揺しながらも、首を横に振るしかなかった。

「わ、私は何も。お父さまは私に何もお話しにはならないのです」
「ならばなぜ、あのようなひどいあざを? あなたはすべて知っているのではないか。それなのに、協力しないから、ひどい仕打ちを受けたのではないのか」
「仕打ちなど……何も。あれは……私がただ……転んで……」
「リーゼ」

 シルヴィオはリーゼの両肩をつかむと、にらみつけるような鋭い目を向けてきた。

「なぜ、手紙をすり替えなかった?」
「……え」
「あなたは偽の書状をアルブレヒトから預かったはずだ。なぜそれを、俺に持たせなかったのかと聞いている」
「そ、そんなことは……」
「フィンがたびたびヴァルディエ公爵邸へ飛んでいくのは、この目で見ている。言い逃れの嘘は必要ない。真実を話せ、リーゼ」

 リーゼは首を振りながらぶるぶると震えた。

 初めて、夫となるシルヴィオ・ヴァイスを見たとき、なんて澄んだ目をした人なのだろうと心惹かれた。

 その清廉潔白な瞳は今も濁り一つなく、こちらを見つめている。
 リーゼの世界は偽りばかりだった。アルブレヒトの言いなりで生きてきた自分は、確固たる信念を持つ彼の前では、値打ちのない人形も同然だった。

 そんな崇高な彼に愛されて、なぜ本気になってしまったのか……。

 リーゼは両手で顔を覆うと床に崩れ落ちた。
 この幸せな結婚が壊れてしまうことが、何よりも恐ろしかった。
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