最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
 シルヴィオはすぐさま身を低めて転がった。木製の矢が地面に突き刺さる。

「へぇ、やるじゃん」

 頭上を見上げると、大木にまたがった少年が、栗色の髪を逆立てるように跳ね上げながら飛び降りてきた。その手には剣が握られている。

 シルヴィオはすかさず腰の剣を抜き、振り上げた。その素早さに目を見開いた少年は、かろうじて剣を受け止めたが、衝撃に負けて真横に吹き飛んだ。

「無駄だ。その程度では、俺に傷一つつけられん」

 シルヴィオは剣を鞘におさめると、雪のついたマントを軽く払った。

 雪まみれになり、悔しそうに唇を噛む少年から、闘志は消えていなかった。しかし、シルヴィオはこれ以上争う気はなかった。

「おまえがリヒトか?」

 意志の強そうな眉と、どこかかげりのある繊細な面立ちは、リーゼによく似ていた。

「あんたが先に名乗れっ!」

 負けん気の強い犬のように吠える少年──リヒトに、シルヴィオは若いころの自身を重ね見るような気分になりながら答えた。

「シルヴィオ・ヴァイス。おまえの姉に頼まれて助けに来た」
「姉さん……だって?」
「リーゼは無事だ。安心しろ。しかし……、聞いていた話と違うな」

 シルヴィオはゆっくりと辺りを見回す。
 岩陰から、複数の目がこちらを見ている。どれもまだ幼く、あどけなさと怒り、恐怖の混じる目だ。

「おまえが大けがを負ったと町で聞いた。見たところ、元気そうだな」
「けがをしたのは俺じゃねぇ」

 リヒトは警戒心をむき出しにしつつも、シルヴィオに興味を持ったように闘志を鎮めた。

「仲間か?」
「そうだ。公爵の私兵にやられたんだ」
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