I 編む
心地いいなと、ふと思う。
聡と話していると、無駄な緊張や気持ちの強ばりがない。リラックスして等身大の自分でいられるのだ。

それも不思議なことだ。
魅力的な男性に自分をよく見せたい気持ちは、明日美にも人並みにあるのだから。

聡のニュートラルな態度が成せるわざなのか、それとも相性なのだろうか。
人間関係の機微に長けているわけでもないので、今のところ答えは出なかった。

「橘さんて、金融事業本部の二階堂さんと仲良いの?」
エレベーターホールで聞いてきたのは、債権管理部の女性だ。探る目をこちらに向けてくる。

休憩室で話していたから、当然他の社員の目にも触れるわけだが。
そんな質問を受けるのは初めてのことだった。聡の社内での注目度をあらためて実感する。

「そういうわけじゃないんですけど。たまたま…」
ここは当たり障りのない受け答えに終始する。

「でもずいぶん楽しそうだったじゃない、二人とも」

エレベーターの方向が逆だったのは幸いだった。彼女はさっさと上階行きのエレベーターに乗りこんでいった。

楽しそう…自分たちはそう見えたのか。
エレベーターの中で、その言葉を反芻している。
なにを期待してるんだろう、彼はただ親切な同僚で、それだけなのに。
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