I 編む


いらっしゃいませ、とマダムの声に迎えられる。
一人ですと、明日美は人差し指を立てて伝えた。

南インド料理の店『pippala』の店内には、今日も芳醇な香りが満ちていた。

聡に教えてもらった店に、一人で来てしまった。けして彼の “残り香” を求めてではないと、努めて冷静に自分の(うち)を分析する。
ただ、この味と香りに、また身を埋めたくなってしまったのだ。
強烈なぶん、クセになるのだろう。

今日は海老のカレーとココナッツライスをチョイスしてみた。
一人だと一種類しか頼めないのがちと寂しいところだ。

海老のカレーも、もちろん外れなしだった。海老の甘味と旨味がスパイスで倍増しているところに、ココナッツライスの塩気と口の中で絡みあって、食欲中枢は刺激されっぱなしだ。
味覚と嗅覚に、畳みかけてくるスパイスの洪水。

聡がこの店を好む理由も分かる気がする。

こちらに寄せてくる味ではない。日本人好みにアレンジしてあるカレーとは一線を画している。
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