I 編む
座にひととき沈黙が落ちた。

「だから密かに気になってはいたんですが。私情を仕事に持ち込むのはどうかと思ったし、片山さんと北岸さんと接点もなかったので」

近いようで遠い、とつぶやいた聡の声が耳に蘇る。

「橘さんと偶然話をする機会があったので。実情を知ることができて、自分にできそうなことも見つかったというわけです。音声読み上げソフトのことは、母の友達に視覚障害を持っている方がいるので、ある程度の知識はあるんです」

「そうだったんですね」
梢さんの口が動いて言葉を紡ぎ出す。
実は珍しいことだ。慣れない相手だと自分の発音や滑舌を気にしてか、あまり話したがらない。

聡がCODAだという事実が、梢さんの警戒心を取り払ったのだろう。

「失礼ですけど、お母様は耳が聞こえないのですか、それとも難聴でしょうか?」

「難聴です。10歳の時に脳炎にかかった後遺症で聴覚に障害が残りました。ですから中途障害です」

なるほどというように、梢さんがうなずく。

「10歳までは健聴者だったので、実は手話も中途半端で。勘がいいタイプなので読唇術は得意で、それと聞こえていた頃の記憶でまあまあ喋れるので。それを組み合わせて乗り切っている感じです。だから僕も手話はほとんどできません。母が使わないもので」
聡がかるく肩をすくめる。

ボディランゲージは派手なんですけどね、という聡の言葉に、梢さんがくすりと笑う。
滅多に見られない梢さんの笑顔だった。
< 41 / 50 >

この作品をシェア

pagetop