【第一部完結】転生幼魔女は生き延びたい!~唯一無二の力はナイショだよ〜
 セレスティアはマリアベルから受け取った報告書を素早く仕舞い、鞄を元通りの場所に置いた。そして大急ぎで書斎を飛び出し、扉を閉じて寝室へ戻ろうとしたその時、リビングの扉がガチャリと開いた。

「あら? セレスティアさん? どうしたんです?」

 入ってきたクリスティーヌはセレスティアの姿を視界に収めると目を瞬かせ、不思議そうに小首を傾げた。

「え、えと……そのぅ……あっ、ねてるおとうしゃま、みてたら、ねむくなっちゃって……! おひるね、してきても、いい?」

「もちろんです。私も一緒に行きましょうか?」

「ううん、だいじょぶ。ひとりでねれるよ。おとうしゃま、おねがい」

「分かりました。あまりたくさんお昼寝したら夜眠れなくなってしまうので、しばらくしたら起こしに行きますね。おやすみなさい」

「おやすみなしゃい、くりすちーぬさま」

 頭を撫でられたセレスティアはクリスティーヌに笑顔で挨拶し、マリアベルとともに自室へと戻った。昼寝のふりをするため寝室のカーテンを引いていると、焦りを帯びた呼び声が飛んでくる。

『セレスティア! 早くこっちに! アタクシが覚えているうちに、駆除剤の材料を書き留めてくださいまし!』

(う、うん! 分かった!)

 セレスティアは急いで紙とペンを用意し、マリアベルがそらんじた内容を書き記していく。ひととおり記録し終えたところで完成した成分表を見つめ「やっぱり……」と呟いた。

『なにが【やっぱり】なんですの?』

(この駆除剤、《緑の民》が作ってた薬によく似てる……。けど、ひとつだけ違うところがあって、一番大事な〝星露草(ほしつゆくさ)〟が入ってないの)

『ほしつゆくさ? あぁ、水辺の精(ケルピー)の聖域に生えているアレですわね。見た目はちょっとキラキラした普通の草ですけど、そんなにすごい効果があるんですの?』

(うん。死骸虫は星露草の匂いが嫌いだから滅多に寄りつかないの。葉っぱの部分を入れたら防虫効果も高くなるし、駆除剤への抵抗力をつきにくくする働きもあるんだ。逆にいうと──)

『星露草の入っていない駆除剤を使っていたら、いつかは耐性を持った死骸虫が現れるってことですわね?』

 セレスティアは唇をきゅっと引き結び、深刻な面持ちで頷いた。

 今グランフェリシア王国に出没している死骸虫の多くは、従来の駆除剤への耐性を獲得した個体なのだろう。

 仮に政府が新薬を開発できて一度は数を減らせたとして、それは一時しのぎにしかならない。
 数年後にはまた駆除剤が効かない死骸虫が出てきて、同じことの繰り返しだ。

『セレスティア。アナタまさか、星露草を探しに行こうだなんて考えていませんわよね?』

(それは……)

 考えが伝わらないよう心を閉ざしていたのに的確に言い当てられ、セレスティアは思わず口ごもってしまう。

『駄目よ、セレスティア。あれはケルピーが大切に育てている宝物。むやみに取ろうとしたら水底に引きずり込まれて食われてしまうわ。あの妖精の恐ろしさは、アナタもよく知っているでしょう?』

(うん……)

 ケルピーは清らかな湖のほとりを住処とする水の精で、たまに人型を取ることもあるが、大抵は美しい若馬の姿で人前に現れるらしい。

 セレスティアは実物を見たことはないものの、実際に目にした《緑の民》の話によれば、惚れ惚れするような立派な馬だったそうだ。

 しかし見た目の麗しさとは裏腹に、ケルピーは人間を──特に若い女性や子供を水底に引きずり込むのを好むという、残忍な習性を持っている。

 そのため前世でも、星露草を摘みに行くのは男衆の仕事だった。

 ケルピーは妖精の中でも賢い部類に入るため、意思疎通ができる可能性は高く、一応は交渉の余地はある。
 けれどもそれは、相手が会話に応じてくれた場合だけだ。

 機嫌が悪ければ、あるいはこちらの態度に不満を感じれば、問答無用で襲いかかってくるだろう。

 念のため無理やり攫われそうになった時に備えて、かつて祖母から対処法を教わったけれど、それもこの三歳の身体で使えるかどうか。

 ケルピー好みの幼女が、のこのこと聖域へ赴く。
 それがいかに危険なことか、セレスティアはよく分かっていた。

 だからこそ押し黙ってマリアベルの言葉に耳を傾け、同意することしかできない。

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