野いちご源氏物語 四六 椎本(しいがもと)
匂宮(におうのみや)様がなぜか私をお(うら)みになっているのです。どこからお聞きになったのか、こちらに美しい姫君(ひめぎみ)たちがいらっしゃることをご存じでしてね。『まずは文通がしたいとお手紙を差し上げているのに、近ごろさっぱりお返事をいただけなくなった。(はち)(みや)様と親しかったそなたがうまく仲介(ちゅうかい)するべきなのに、やり方が悪いのではないか』などと私をお責めになります。

心外(しんがい)ではありますが、いつの間にか私は仲介役を命じられてしまったようなのです。いかがでしょうか。宮様にお返事をお書きくださいませんか。好色(こうしょく)な宮様だと世間は申し上げておりますが、実際はそんなことはありません。ただ高い理想がおありなのです。たとえば、ほんの少しお声をおかけになったくらいで簡単になびいてくる女性は軽蔑(けいべつ)してしまわれるとか。

ふつうの男はそれほど理想を追い求めませんから、それなりの女性と結婚してそれなりの夫婦生活を送ります。もともと期待が高くない分、何事(なにごと)もなければ関係は長続きするでしょうが、一度(くず)れたらあっけなく終わってしまいます。夫婦をつなぎとめておく愛情がないのですからね。
そこへいくと、理想の高い男性というのは安心できるお相手です。匂宮様の高い理想にぴったりな女性がいらしたとして、その女性が誠実に宮様をお愛しになれば、きっと一途(いちず)に大切になさいますよ。

宮様のことは何でも私にお尋ねくださいませ。幼いころからおそば近くにおりましたから、世間が知らないことまでよく存じ上げております。それでもし、よさそうなご(えん)だとお思いになるのでしたら、私ができる限りの仲介役をさせていただきましょう。都と宇治(うじ)を何往復でもいたします」

いかにも真面目そうにご相談なさるから、大君(おおいぎみ)はお悩みになる。
匂宮様の恋のお相手はご自分かもしれないのに、その可能性はまったく考えておられない。
<私が妹の母親代わりとしてお返事した方がよいだろう>
とお悩みなの。
とはいえ、いきなり母親らしい振舞いがおできになるはずもないわ。
「どういたしましょう。あまりにご熱心におっしゃいますので、かえって何とお返事申せばよいか」
微笑(ほほえ)んでおっとりとお答えになったご様子に、ますます(かおる)(きみ)のお心は()かれる。
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