恋愛期間0。彼の毒はスイーツより甘かった。(仮)
 そんなある日――オーブンからトレイを引き出した時、手首に激痛が走った。元々あった腱鞘炎が悪化したのだ。
 焼き上がったスポンジが床で無残に散らばり、高部さんの金切声が響き渡る。

「唐津さん! 何してんの?!」
「おい! 新人以下のミスしてんじゃないぞ」

 たまたま居た社長からもしつこく叱責され、この時、自分の中で、プツッと何かが切れた。

「暫くお休みさせてください」

 不調なのは手だけではなかった。
 岩田シェフが不在中、スー・シェフの私には現場の責任者としての重圧がのしかかり、元々足りなかった睡眠が、薬無しでは取れなくなっていたのだ。

 忙しさの影に潜んでいた ″休みたい″という気持ちが湧き上がる。

「岩田くんが療養中なのに、正気か?」
「高部シェフがいらっしゃるので大丈夫だと思います」

 社長がキレた。

「非協力なパティシエなんて要らないんだよ! 辞めちまえ!」

 工房中に轟く社長の声。

「お世話になりました」

 私は新卒から勤めていた西洋菓子店を、吹っ切った気持ちで後にした。





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