君の事好きになっても良いですか?
「琴音は、」
「……彼氏いるけど?」
「知ってます。」
俺は 、即答だった。
「それでも来たんです。」
篠崎晃先輩の整った眉が、わずかに動く。
「理由は?」
その質問に、俺は少しだけ考えてから言う。
「バイト先でなかなか琴音先輩と」
「一緒になれないので、」
「琴音先輩の顔を見にきました。」
「…………。」
「………。」
一瞬の沈黙。
教室の空気が重たい……。
晃はどうして初対面の人にこんな
態度取るのかな……。
矢口君が緊張してるじゃん。
ってか矢口君私の顔見に来たの?
バイトのシフトが合わないからって……
でも、なんで?
状況が掴めない。
私はこの重たい空気を
何とかしたくて慌てて口を開く。
「晃、そんな言い方しなくていいでしょ。」
晃は、ふっと息を吐いた。
「琴音……悪い。」
晃が私の方を見る。
「俺、先行くわ。」
「晃……。」
晃は何も言わず、教室を出ていった。
「矢口君。」
「ごめんね……」
「悪いやつではないから。」
琴音が瑠斗に言う。
「いえ」
「大丈夫ですよ。」
「篠崎先輩が悪い人ではないのは」
「わかってるので。」
「俺が急に来たので」
「むしろこっちこそすみません。」
千歌ちゃんが気を使って
場を和らげるように笑う。
千歌ちゃんありがとう。
「晃、ちょっと過保護なだけだから」
「……そうなんですね」
過保護……か。
そんな感じではないの事は
わかる。
俺は、改めて琴音先輩を見る。
「琴音、先輩。」
「なに?」
「今日は、来れてよかったです。」
それだけ言って、矢口君は
少し照れたように視線を逸らす。
「じゃ、戻ります」
「うんありがとう。」
教室を出る直前、
もう一度だけ振り返る。
私はちゃんと矢口君を見て、
小さく手を振った。
一体、矢口君は結局なんだったんだろう……。
*晃*
教室の扉を閉めた瞬間、
教室のざわめきが一気に遠ざかった。
……最低だな俺……
はぁ……
ため息が出る。
廊下を歩きながら、自分に吐き捨てる。
1年生に向けた、あの言い方。
琴音を守るふりをして、
本当は自分の不安をぶつけただけだ。
彼氏がいるって、
あいつ……分かってた。
それでも、来るなって思った。
それは独占欲でも、正義でもない。
ただの未練だ。
幼なじみって立場に、甘えてた。
小学校の頃から一緒で、
中学も、帰り道も、全部隣が当たり前だった。
“男として見てほしい”って言ったくせに……
結局、
選ばれなかった現実から逃げきれていない。
階段を下りながら、
1年生の言葉が何度も頭に浮かぶ。
”顔見たかった”
たったそれだけなのに、
あの真っ直ぐさが、胸に刺さった。
俺は、あんなふうに言えなかったな。
好きだと言って、
答えをもらって、
それでも一緒にいられる関係を選んだ。
俺は安全な場所に、
残っただけだけ。
踊り場で立ち止まる。
窓から見える校庭では、
楽しそうに笑う生徒たちがいた。
時間は、ちゃんと進んでる。
俺だけが、止まってる……。
胸の奥が、じんと痛む。
さっきの琴音が間に入った時の表情が、
はっきり思い出される。
困った顔。
誰も否定せず、
誰も切り捨てない顔。
優しすぎるんだよ、お前は……。
だから、誰かが傷つく……
……そして、俺も。
手すりを強く握る。
理央は、ちゃんと隣に立ってて
俺は、横にいるだけ。
比べるつもりなんてなかった。
でも、比べてしまう。
あいつは、選ばれた。
俺は、選ばれなかった)
分かっているのに
心は追いつかない。
それでも……
琴音が笑ってるなら、それでいいって
そう思えるほど、
まだ大人になれていない。
階段を上り直し、
自分の教室へ戻る途中で、
俺は一度だけ立ち止まった。
でも、嫌いにはなれない。
好きは、消せない。
それが一番、苦しかった。
教室の前に立ち、
深く息を吸う。
晃、顔に出すな!
何もなかった顔で、戻れ!
扉を開ける直前、
心の中でそっと呟く。
それが今の自分にできる、
精一杯だった。
晃 side 終わり