愛なき凸凹夫婦だったのに、生まじめ妻は御曹司の熱情愛に堕ちる
 俊哉の実家からの帰り道、車のなかはしばらく静かだった。
 陽菜は複雑な気分だった。恋愛結婚ではないとはいえ歓迎されていない空気には少々落ち込んだし、安易に結婚話にのってしまったかと少し後悔もした。でも俊哉が陽菜のことを褒めてくれたときは本当に嬉しかった。
「今日は付き合ってくれてありがとう。父さんたちがごめんね」
「いえ」
 ハンドルを握っている俊哉の横顔はスッキリとしていて、言うべきことを言えたという達成感のようなものを感じる。
「私は大丈夫ですけど、ご両親はだいぶショックを受けられてましたよね。そうなるのはわかっていたんですか?」
「まあそうだね」
 俊哉はあっさり認めた。
「でも俺は、父さんの期待に全部答えることはできないから」
 陽菜に渡會家の事情はよくわからない。ただお金持ちはお金持ちで大変なことがいろいろあるらしいということはおぼろげながら理解した。
「……美玲さんという方がどんな方なのか、聞いてもいいですか」
「いいよ」
 交差点で右にウインカーを出し、右折を終えてから俊哉が語りだした。
「美玲は、母の親友の娘なんだ。俺の四つ下で、子供の頃はよく一緒に遊んでたというか遊ばされていた」
「そうだったんですね」
「それで母親同士で俺たちを結婚させようって話になって。美玲のところも会社を経営しているから、父親も反対しなかった。俺は美玲のことが特に好きでもなかったけど嫌いではなかったし、結婚に夢も持っていなかったから、まあいいかって正直軽く考えてた」
 陽菜は黙って話の続きを促した。
「美玲の方も俺と同じようなテンションだったっぽいんだけど、両家の食事会や結婚式場の下見なんかをして結婚が現実的になってくると、本当に相手が俺でいいのか迷いが出てきたみたいで。そんなときに、俺とは全然タイプの違うマッチョでワイルドな男と出会って、一気に恋に落ちたという話」
「私と結婚したのは、美玲さんが連れ戻されないようにしたかったからですか?」
「鋭いね」
 前を向いたまま、俊哉は口角を上げた。
 恋愛結婚ではないのは、百も承知だった。ただ、幼馴染みの幸せのために急いで形だけでも妻帯者になっておきたかったのかと思うと、胸の奥がもやもやした。
「でもちょっと違う」
「え?」
「美玲のことは嫌いじゃなかったよ。わがままで気まぐれだけど、妹みたいに思ってた。ただ結婚して一生一緒に暮らすとなるとあまりピンときてはいなかった。他の男と駆け落ちしたと聞いたとき、正直ホッとしたんだ。だから、戻ってこられたくないというのが本音だ」
 俊哉の言葉には嘘がないように聞こえた。
 しかし陽菜はまだ釈然としない。
「幼馴染で気心の知れた家柄のいいお嬢様の替わりが、私なんかで本当によかったんでしょうか」
「『私なんか』っていうのはやめようよ。それを言うなら、結婚直前に婚約者に逃げられた情けない俺なんかが陽菜の結婚相手でよかったんだろうかって話になるだろ」
「それはそうかもしれませんけど」
 俊哉はバックミラーを確認して、車を路肩に停めた。
「俺たちはお互いにメリットがあるから一緒にいる」
「はい」
「でももうそれだけじゃないっていうか……俺は陽菜と暮らしはじめてからずっと楽しいよ。結婚して本当によかったと思ってる。陽菜は俺と暮らしていて、嫌になった?」
「……なってないです」
 俊哉は陽菜の意見を尊重してくれるし、誠意をもって接してくれているのがよくわかる。ただそこに愛情がないだけで。
 陽菜は俊哉の左手を見た。薬指にはふたりで買いに行った結婚指輪がはまっているし、陽菜の手にも同じものがある。
 こんなによくしてもらっていて愛情まで求めるなんて贅沢すぎる。
「改めて言うよ。俺と結婚してくれてありがとう」
「私こそありがとうございます」
 チクリと胸が痛んだのを無視して、陽菜は精いっぱいの笑顔をつくった。
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