愛なき凸凹夫婦だったのに、生まじめ妻は御曹司の熱情愛に堕ちる
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 四人掛けのデザイナーズソファの端に座り、陽菜はスマートフォンの画面を見つめている。
 俊哉から今日の帰りは遅いと言われた。
 給料日で、今月分の仕送りを振り込んだ。
 母に結婚の報告をするなら、いまがそのタイミングだろう。わかっていても、気は進まない。
 壁の時計を見ると、もうすぐ午後九時になるところだった。これ以上後回しにすると、ただでさえ愚痴の多い母なのにこんな夜遅くに電話してくるなんて非常識だなどとさらにぐちぐち言われそうだ。
 大きくひとつため息をついてから、意を決して母に電話をかける。
 三回コール音が聞こえたあと、母が出た。
『はい』
「あ、お母さん? 今月の分、さっき振り込んだから」
『ありがとう。でもあんた、振り込むのが遅いのよ。パートのあとで下ろしに行ったらまだ入ってないんだもの。明日また行かなきゃいけないじゃない』
「……ごめん」
 心のなかでまたため息をつく。
 素直に「ありがとう」とだけ言えないものだろうか。母はいつもひとこと多い。
『そうそう、今日は嫌な客が来てさ──』
 また母の愚痴がはじまった。
 内容はいつも同じだ。パート先のことか、お金のことか、健康状態のことか。だからいつものように右から左へ聞き流す。
 二十分くらい経った頃、母の話が一端途切れた。その隙を逃さず、口を開く。
「そういえばお母さん、私結婚したから」
『……は?』
 スマートフォンの向こうから、困惑した空気が伝わってくる。
『そんな相手がいたなんて、いままで一度も聞いたことないんだけど』
「急に決まったからね。事前に話さなかったのは、まあ、ごめんなさい」
『それで? どんなひとなの』
「どんなって」
 お金持ちだと知られたら変に期待されてしまいそうで、答えに詰まった。
『ちゃんと働いてるひとなの? まさかあんたの父さんみたいにフラフラしてるひとじゃないでしょうね? まったく、あのひとといったら──』
 また愚痴がはじまりそうなのを察して、割り込むように言う。
「普通に会社で働いてるひとだよ。サラリーマン。転職したことはないんじゃないかな」
『そう……ならいいけど』
 母はまだなにか言いたそうだが、言うべきことはもう言ったのでそろそろ電話を切りたい。
『近いうちに会わせなさいよ』
「そのうちね。忙しいひとだから」
『そしたらあんた、引っ越したんじゃないの? 新居はどうしたの』
「彼がもともとひとりで住んでいたマンションに引っ越したよ」
『単身者用? 狭くないの?』
「狭……くはない、かな」
 陽菜はリビングを見回した。こんな家を見せたら、母は腰を抜かしてしまいそうだ。
「それじゃ、そろそろ切るよ。顔合わせは、できそうな日にまた連絡するから」
 早口で言って、母の返事を待たずに電話を切る。
 いま自分がどんな生活をしているのかそのうちバレてしまうのだろうが、知られるのはなるべく先延ばしにしたかった。
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