愛なき凸凹夫婦だったのに、生まじめ妻は御曹司の熱情愛に堕ちる
「え?」
陽菜は驚いてパッと顔を上げる。
耳に注ぎ込まれたのがいい声過ぎて、ちょっと顔が赤くなってしまった。
「きみ、あんまり楽しそうに見えないし。もし嫌じゃなかったら」
敬語も崩れている。
「や、そういうわけにはいかないでしょう。閉会までまだ一時間以上ありますよ」
「これだけ人数がいたら、ふたりくらいいなくなったって誰も気づかないよ」
「それはそうかもしれませんけど」
二次会の会場である大広間には、百人以上招待客がいる。陽菜がいなくなったところで、新婦も友人たちも気づきもしなさそうではある。
陽菜の心が揺らいだ。
それでもさすがに初対面の男性と新郎新婦への礼儀を欠く行為を共にするのは心理的なハードルが高く、断ろうと思ったが。
「おーっ、俊哉!」
顔の赤い酔っぱらいが、男性の肩を勢いよくパーンッと叩いた。
「痛ぇよ」
「次はお前の番だな! 結婚式楽しみにしているよ」
「お前を呼ぶかはわからないけどな」
「なんだよ、冷てぇやつだな。余興でもスピーチでもなんでもやってやるから、絶対呼べよ。じゃあな」
言いたいことを一方的にまくし立てて、酔っぱらいは友人らしき集団の元へ戻っていった。
陽菜は俊哉と呼ばれた目の前の男性の顔をまじまじと見た。
いまの話を素直に受け取ると、彼は結婚を控えた身らしい。だとすると、自分と一緒にこの場を抜け出すのはまずいのではないだろうか。
「あの、婚約者の方は今日一緒にいらしていないんですか?」
そう尋ねると、俊哉は「ハハハ……」と取り繕うように笑った。
「実は、三日前に逃げられてしまって」
「えっ!?」
「駆け落ちっていうやつです」
衝撃的なことを言って、俊哉は遠い目をした。
「『探さないでください』という置手紙ひとつだけ残して、住んでいた実家から身をくらませて。携帯も繋がらなくなりました」
「それは……」
お気の毒です、と言いかけて少し違うかと思い、「大変でしたね」と言い換えた。
それにしても、わからないものだ。
俊哉とは会ったばかりで、どんな人物なのか詳しくはもちろん知らない。それでも彼が、見ず知らずの陽菜の体調を気遣ってくれるくらい優しくて、招待客の女性たちがチラチラ見てくるくらい容姿に恵まれているのはわかる。
そんな俊哉が結婚を目前にして振られてしまうなんて、相手の女性はどんなひとだったのだろうと少し興味が湧く。当然聞けはしないが。
「まあ、それはいいんだけど」
「いいんですか」
「いやよくはないけど、おめでたい場でするような話でもないし、婚約していたのを知っている友人たちに怪しまれないうちに退散したいというのが正直なところで」
「なるほど」
そんな事情があればここにいるのは気づまりだろうし、抜け出したいと思うのも無理はない。
そして俊哉がいなくなれば話し相手がいなくなる陽菜も、足の痛みを我慢してまでこれ以上宴会場にいたくはなかった。
「……どうやって抜け出します?」
小声で尋ねると、俊哉はいたずらっぽい顔をして出入り口の方に視線をやった。
「一緒に出ると目立つ。ひとりずつ、お手洗いにでも行く感じでさりげなく出よう。俺が先に行って、ホテルを出たところで待ってるから、少し時間をおいて出てきてほしい」
「了解です」
こそこそと作戦を話し合い、俊哉は手に持っていたグラスの中身をぐいっと飲み干した。それから何食わぬ顔で宴会場の出口の方へと歩きだした。
「俊哉ー、トイレ?」
さっきとは違う酔っぱらいが、上機嫌で俊哉の肩を叩く。よく見ると、それは新郎だった。招待客からだいぶ飲まされたらしく、顔が真っ赤だ。
「ああ」
「戻ったら、お前ののろけ話も聞かせろよ」
「オッケー」
俊哉は顔色一つ変えずに返事して、本当に手洗いにでも行くように去っていった。
ちらりと腕時計を見る。
時刻は 午後九時を少し過ぎたところだ。長針が二周するくらいまで待って、グラスと皿をテーブルに置き、何気ない風を装って出口へ向かう。
友人に呼び止められないことを祈る。俊哉のように平静を装って会話できる自信はない。速足になりそうなのをなんとかこらえて宴会場から出られたときには、安堵のため息が出た。
そのままエレベーターで一階に下り、ロビーを突っ切って、ホテルの外に出る。
「こっちこっち」
先に抜け出していた俊哉が、左手の方から笑顔で手を振ってきた。
「脱出成功」
ハイタッチをして笑い合う。
「これで共犯者だね」
ちょっとずるい顔で俊哉が言う。
「そうですね。あの……ありがとうございました」
「俺、お礼を言われるようなことしたかな」
「私ひとりだったら、抜け出そうなんて思いつきもしませんでした。あんなに居心地悪かったのに」
素直にお礼を言う陽菜を見て、俊哉は目を細めた。
その顔があんまり優しくて、会場を抜け出したのだからもう解散なのはわかっているのに、なんだか離れがたい気持ちになってしまう。
陽菜は驚いてパッと顔を上げる。
耳に注ぎ込まれたのがいい声過ぎて、ちょっと顔が赤くなってしまった。
「きみ、あんまり楽しそうに見えないし。もし嫌じゃなかったら」
敬語も崩れている。
「や、そういうわけにはいかないでしょう。閉会までまだ一時間以上ありますよ」
「これだけ人数がいたら、ふたりくらいいなくなったって誰も気づかないよ」
「それはそうかもしれませんけど」
二次会の会場である大広間には、百人以上招待客がいる。陽菜がいなくなったところで、新婦も友人たちも気づきもしなさそうではある。
陽菜の心が揺らいだ。
それでもさすがに初対面の男性と新郎新婦への礼儀を欠く行為を共にするのは心理的なハードルが高く、断ろうと思ったが。
「おーっ、俊哉!」
顔の赤い酔っぱらいが、男性の肩を勢いよくパーンッと叩いた。
「痛ぇよ」
「次はお前の番だな! 結婚式楽しみにしているよ」
「お前を呼ぶかはわからないけどな」
「なんだよ、冷てぇやつだな。余興でもスピーチでもなんでもやってやるから、絶対呼べよ。じゃあな」
言いたいことを一方的にまくし立てて、酔っぱらいは友人らしき集団の元へ戻っていった。
陽菜は俊哉と呼ばれた目の前の男性の顔をまじまじと見た。
いまの話を素直に受け取ると、彼は結婚を控えた身らしい。だとすると、自分と一緒にこの場を抜け出すのはまずいのではないだろうか。
「あの、婚約者の方は今日一緒にいらしていないんですか?」
そう尋ねると、俊哉は「ハハハ……」と取り繕うように笑った。
「実は、三日前に逃げられてしまって」
「えっ!?」
「駆け落ちっていうやつです」
衝撃的なことを言って、俊哉は遠い目をした。
「『探さないでください』という置手紙ひとつだけ残して、住んでいた実家から身をくらませて。携帯も繋がらなくなりました」
「それは……」
お気の毒です、と言いかけて少し違うかと思い、「大変でしたね」と言い換えた。
それにしても、わからないものだ。
俊哉とは会ったばかりで、どんな人物なのか詳しくはもちろん知らない。それでも彼が、見ず知らずの陽菜の体調を気遣ってくれるくらい優しくて、招待客の女性たちがチラチラ見てくるくらい容姿に恵まれているのはわかる。
そんな俊哉が結婚を目前にして振られてしまうなんて、相手の女性はどんなひとだったのだろうと少し興味が湧く。当然聞けはしないが。
「まあ、それはいいんだけど」
「いいんですか」
「いやよくはないけど、おめでたい場でするような話でもないし、婚約していたのを知っている友人たちに怪しまれないうちに退散したいというのが正直なところで」
「なるほど」
そんな事情があればここにいるのは気づまりだろうし、抜け出したいと思うのも無理はない。
そして俊哉がいなくなれば話し相手がいなくなる陽菜も、足の痛みを我慢してまでこれ以上宴会場にいたくはなかった。
「……どうやって抜け出します?」
小声で尋ねると、俊哉はいたずらっぽい顔をして出入り口の方に視線をやった。
「一緒に出ると目立つ。ひとりずつ、お手洗いにでも行く感じでさりげなく出よう。俺が先に行って、ホテルを出たところで待ってるから、少し時間をおいて出てきてほしい」
「了解です」
こそこそと作戦を話し合い、俊哉は手に持っていたグラスの中身をぐいっと飲み干した。それから何食わぬ顔で宴会場の出口の方へと歩きだした。
「俊哉ー、トイレ?」
さっきとは違う酔っぱらいが、上機嫌で俊哉の肩を叩く。よく見ると、それは新郎だった。招待客からだいぶ飲まされたらしく、顔が真っ赤だ。
「ああ」
「戻ったら、お前ののろけ話も聞かせろよ」
「オッケー」
俊哉は顔色一つ変えずに返事して、本当に手洗いにでも行くように去っていった。
ちらりと腕時計を見る。
時刻は 午後九時を少し過ぎたところだ。長針が二周するくらいまで待って、グラスと皿をテーブルに置き、何気ない風を装って出口へ向かう。
友人に呼び止められないことを祈る。俊哉のように平静を装って会話できる自信はない。速足になりそうなのをなんとかこらえて宴会場から出られたときには、安堵のため息が出た。
そのままエレベーターで一階に下り、ロビーを突っ切って、ホテルの外に出る。
「こっちこっち」
先に抜け出していた俊哉が、左手の方から笑顔で手を振ってきた。
「脱出成功」
ハイタッチをして笑い合う。
「これで共犯者だね」
ちょっとずるい顔で俊哉が言う。
「そうですね。あの……ありがとうございました」
「俺、お礼を言われるようなことしたかな」
「私ひとりだったら、抜け出そうなんて思いつきもしませんでした。あんなに居心地悪かったのに」
素直にお礼を言う陽菜を見て、俊哉は目を細めた。
その顔があんまり優しくて、会場を抜け出したのだからもう解散なのはわかっているのに、なんだか離れがたい気持ちになってしまう。