愛なき凸凹夫婦だったのに、生まじめ妻は御曹司の熱情愛に堕ちる
パンとコーヒー、焼きたてのオムレツの前で、俊哉が舟をこいでいる。
「俊哉さん」
「んー」
「んー、じゃなくて。オムレツ冷めちゃいますよ」
「うん」
「うん、じゃなくて」
九時に起きたときから、俊哉はあくびを連発していた。もともと朝がすごく強いというタイプのひとではないが、それにしてもずいぶん眠そうだ。昨日のスキーで疲れたのだろうか。
このままではいつまでたっても朝食が終わらなそうだ。
少し迷って、陽菜はスプーンを取り、オムレツをすくって俊哉の口元に持っていった。
「え?」
俊哉が目をパチパチさせた。
「食べてください」
「……はい」
おとなしく口を開いて、俊哉はぱくりとオムレツを食べる。
「美味しいですか?」
「世界一美味いな」
俊哉の顔つきがはっきりしてくる。目が覚めたようでよかった。あとは自分で食べられるだろう。陽菜は自分の食事を再開した。サラダバーで取ってきた新鮮な野菜が美味しい。俊哉は食パンを食べながらまじまじと陽菜を見てくる。
「どうかしました?」
「まさか『あーん』で食べさせてもらえるとは思わなかった」
「え? ……あ、いや、そんなつもりじゃ」
そう言われると、急に恥ずかしいことをしてしまった気がして、顔が熱くなる。
「新婚ぽくていいよね。今度またしてほしい」
自分たちは実際に新婚ではあるけれど、「あーん」でものを食べさせ合うような甘ったるい関係ではないはずだ。それなのに俊哉が妙に嬉しそうで、陽菜はなにも言えなくなった。
ホテルをチェックアウトして、空港まで向かうタクシーに乗ろうとしたとき。
「おーっ、俊哉じゃん!」
俊哉と同じくらいの年齢の男性四人組が、手を振りながら近づいてきた。
「なんだ、お前らか」
「俺らはいま来たところ。なに、もう帰っちゃうのか?」
「ああ」
お友達なのかなと思いながら俊哉の後ろで待っていると、腰に手を回されて前へ出された。
「そういえば俺、結婚したんだ」
「うっそ。おめでとう」
「あ……っと、陽菜といいます。どうぞよろしくお願いいたします」
「こいつらは、幼稚舎の頃からの学友。陽菜と出会った結婚式のときにもいたんだけど、覚えてないよな」
新郎側の友人とはほとんど話していないので、もちろん覚えていない。
「あれ? でもお前、星野商会の娘と結婚するって言ってなかったっけ……?」
男性たちのうちのひとりが怪訝そうに言って、じろじろと陽菜を見てきた。
値踏みするようなその視線に、体がすくむ。
男性は陽菜が俊哉の元婚約者である美玲ではないと即座に判断した。それも当然だ。平凡な顔立ちに地味な化粧。おまけに着ているものは何年も前に買ったファストファッションのダウンコートで、靴だって安物だ。
一方俊哉とその学友たちはシンプルでカジュアルな格好だけれど、おそらくハイブランドのものであろう服をさりげなく着こなしている。
俊哉からは生活費を潤沢にもらっている。服なども好きに買っていいと言われていた。それなのに節約癖が抜けなくて、新しいものを全然買っていなかった。
おかげで、こんな地味で貧乏くさい女が妻なのかと友人たちに思わせ、俊哉に恥をかかせてしまった。
恥ずかしさで目の前が真っ赤になる。
「私っ……あの、すみませんっ」
陽菜は腰に回っていた俊哉の手を振り払い、走りだした。行く当てなどなにもない。ただただ、その場にいたくなかった。
しかし雪道を歩くことに慣れていない陽菜は、いくらも走らないうちに滑って転んでしまった。
「きゃっ」
思い切り尻もちをついてしまって、あちこち痛い。
じわりと涙が湧いてくる。
痛くて、みじめで、申し訳なくて、頭のなかはぐちゃぐちゃだ。
「陽菜っ」
すぐに俊哉が追い付いてきて、心配そうに隣にしゃがんできた。
「大丈夫か? 立てそう? どこか痛めてない?」
「……ごめんなさい」
「え?」
「やっぱり私みたいな女が俊哉さんみたいな立派なひとと並んでいるなんておかしいですよね。恥をかかせてしまって申し訳ありません」
「なに言ってるんだ、そんなことないっ」
地べたに座ったままの陽菜を、俊哉が強く抱き締めてきた。
「さっきのやつは、一度美玲に会ったことがあるんだ。だから、陽菜を見て不思議に思っただけだ。でもあの態度は不躾だった。不愉快な思いをさせてしまって本当にごめん」
俊哉の声は少し震えていた。
「俊哉さん……」
陽菜は辺りを見回した。
さっきのひとたちがこちらを見ている。他のスキー客たちも、歩道の真ん中で抱き合っているふたりに不思議そうな顔で視線をよこしてくる。
しかし陽菜は俊哉に離してくれとは言えなかった。
抱き締められているというより、すがりつかれているように感じたからだ。
「……陽菜」
「はい」
「お願いだから、出て行かないでくれ」
なんて不安そうな声で言うんだろう。
「出て行きません」
陽菜は俊哉の背中に腕を回した。
雪についたままのお尻は冷たかったけれど、さっきまでの悲しい気分はいつのまにかすっかり溶けてなくなっていた。
「俊哉さん」
「んー」
「んー、じゃなくて。オムレツ冷めちゃいますよ」
「うん」
「うん、じゃなくて」
九時に起きたときから、俊哉はあくびを連発していた。もともと朝がすごく強いというタイプのひとではないが、それにしてもずいぶん眠そうだ。昨日のスキーで疲れたのだろうか。
このままではいつまでたっても朝食が終わらなそうだ。
少し迷って、陽菜はスプーンを取り、オムレツをすくって俊哉の口元に持っていった。
「え?」
俊哉が目をパチパチさせた。
「食べてください」
「……はい」
おとなしく口を開いて、俊哉はぱくりとオムレツを食べる。
「美味しいですか?」
「世界一美味いな」
俊哉の顔つきがはっきりしてくる。目が覚めたようでよかった。あとは自分で食べられるだろう。陽菜は自分の食事を再開した。サラダバーで取ってきた新鮮な野菜が美味しい。俊哉は食パンを食べながらまじまじと陽菜を見てくる。
「どうかしました?」
「まさか『あーん』で食べさせてもらえるとは思わなかった」
「え? ……あ、いや、そんなつもりじゃ」
そう言われると、急に恥ずかしいことをしてしまった気がして、顔が熱くなる。
「新婚ぽくていいよね。今度またしてほしい」
自分たちは実際に新婚ではあるけれど、「あーん」でものを食べさせ合うような甘ったるい関係ではないはずだ。それなのに俊哉が妙に嬉しそうで、陽菜はなにも言えなくなった。
ホテルをチェックアウトして、空港まで向かうタクシーに乗ろうとしたとき。
「おーっ、俊哉じゃん!」
俊哉と同じくらいの年齢の男性四人組が、手を振りながら近づいてきた。
「なんだ、お前らか」
「俺らはいま来たところ。なに、もう帰っちゃうのか?」
「ああ」
お友達なのかなと思いながら俊哉の後ろで待っていると、腰に手を回されて前へ出された。
「そういえば俺、結婚したんだ」
「うっそ。おめでとう」
「あ……っと、陽菜といいます。どうぞよろしくお願いいたします」
「こいつらは、幼稚舎の頃からの学友。陽菜と出会った結婚式のときにもいたんだけど、覚えてないよな」
新郎側の友人とはほとんど話していないので、もちろん覚えていない。
「あれ? でもお前、星野商会の娘と結婚するって言ってなかったっけ……?」
男性たちのうちのひとりが怪訝そうに言って、じろじろと陽菜を見てきた。
値踏みするようなその視線に、体がすくむ。
男性は陽菜が俊哉の元婚約者である美玲ではないと即座に判断した。それも当然だ。平凡な顔立ちに地味な化粧。おまけに着ているものは何年も前に買ったファストファッションのダウンコートで、靴だって安物だ。
一方俊哉とその学友たちはシンプルでカジュアルな格好だけれど、おそらくハイブランドのものであろう服をさりげなく着こなしている。
俊哉からは生活費を潤沢にもらっている。服なども好きに買っていいと言われていた。それなのに節約癖が抜けなくて、新しいものを全然買っていなかった。
おかげで、こんな地味で貧乏くさい女が妻なのかと友人たちに思わせ、俊哉に恥をかかせてしまった。
恥ずかしさで目の前が真っ赤になる。
「私っ……あの、すみませんっ」
陽菜は腰に回っていた俊哉の手を振り払い、走りだした。行く当てなどなにもない。ただただ、その場にいたくなかった。
しかし雪道を歩くことに慣れていない陽菜は、いくらも走らないうちに滑って転んでしまった。
「きゃっ」
思い切り尻もちをついてしまって、あちこち痛い。
じわりと涙が湧いてくる。
痛くて、みじめで、申し訳なくて、頭のなかはぐちゃぐちゃだ。
「陽菜っ」
すぐに俊哉が追い付いてきて、心配そうに隣にしゃがんできた。
「大丈夫か? 立てそう? どこか痛めてない?」
「……ごめんなさい」
「え?」
「やっぱり私みたいな女が俊哉さんみたいな立派なひとと並んでいるなんておかしいですよね。恥をかかせてしまって申し訳ありません」
「なに言ってるんだ、そんなことないっ」
地べたに座ったままの陽菜を、俊哉が強く抱き締めてきた。
「さっきのやつは、一度美玲に会ったことがあるんだ。だから、陽菜を見て不思議に思っただけだ。でもあの態度は不躾だった。不愉快な思いをさせてしまって本当にごめん」
俊哉の声は少し震えていた。
「俊哉さん……」
陽菜は辺りを見回した。
さっきのひとたちがこちらを見ている。他のスキー客たちも、歩道の真ん中で抱き合っているふたりに不思議そうな顔で視線をよこしてくる。
しかし陽菜は俊哉に離してくれとは言えなかった。
抱き締められているというより、すがりつかれているように感じたからだ。
「……陽菜」
「はい」
「お願いだから、出て行かないでくれ」
なんて不安そうな声で言うんだろう。
「出て行きません」
陽菜は俊哉の背中に腕を回した。
雪についたままのお尻は冷たかったけれど、さっきまでの悲しい気分はいつのまにかすっかり溶けてなくなっていた。