愛なき凸凹夫婦だったのに、生まじめ妻は御曹司の熱情愛に堕ちる

波乱のパーティー

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 一度体を重ねたあと、ふたりは毎日同じベッドで眠るようになった。
 そういう行為はすることもあれば、しないこともある。ただ俊哉は隣でどこかしら触れ合いながら眠りたがる。リビングでくつろいでいるときも、べったりくっついて座ったりする。
 もちろん外でべたべたすることはないが、家にいる間はパーソナルスペースがぐっと狭まった感じだ。飄々とした外面からはわかりづらいが、俊哉の内面は寂しがりやなのだと陽菜は改めて知った。

 早めに帰宅した俊哉と夕食をともにする。
 メニューは鮭ときのこのホイル焼きと豚しゃぶサラダで、簡単だけれど味は悪くない。
 美味しいと言いながらパクパクと料理を食べていた俊哉が、ふと箸を止めた。
「陽菜、なんかちょっと元気ないね」
 態度に出したつもりはなかったのだが、口数の少なさでバレてしまったようだ。
「仕事のことでちょっと」
 俊哉が無言で続きを促してくる。
「レファレンスサービスがうまくできなくて」
 レファレンスサービスとは、調べたいことや探している資料などの質問に司書が必要な資料や情報を案内するサービスだ。
 地域の歴史が知りたいなどという資料を示しやすい質問もあれば、五十年前に読んだ本を読み返したいが書名はわからず、内容も主人公が竜と友達になるということしか覚えていないなんていう難問もある。
「今日の利用者さんはがんに関する本が読みたいという要望でした。ひとくちにがんに関する本といっても、専門的な医学書や患者の闘病手記などいろんな本があります。それと図書館はリクエストがあればたいていの本は購入するので、正直うさんくさい本もあります。『毎日キノコを食べれば手術しなくてもがんは治る!』みたいな」
「エセ医学本か。やっかいだな」
「本当にやっかいなんですよ。正しい情報が載っている本ほど、絶対治るなんて言いませんから。患者さんからしてみれば断言してくれる方にすがりたくのもわかりますし」
 陽菜は昼間会ったがん患者の家族の必死な様子を思い出してため息をついた。
「こちらから『この本は嘘ばっかり書いてます』とも言えませんし。できるのはきちんとした医学者が書いた本を推すことくらいで」
「それはもどかしそうだ」
「結局ちゃんとした医学書とエセ医学の本の両方を借りられたんですけど……エセ本の方に書かれていたことを鵜呑みにされて『ゴーヤの種を毎日飲めば、主人のがんは本当に消えるんですよね?』って詰め寄られました」
「ゴーヤの種でがんが消えるなら、医者はいらないな」
「本当にそうなんですけど『治りません』とは言えないんです。もちろん『治ります』とも言えません。『医療相談には答えられません』と図書館のきまりを繰り返すしかできなくて、利用者さんは怒って帰られました」
「んんん……難しいね。その利用者さんの必死な気持ちもわかるし」
「そうなんですよね……」
 再びため息をついてから、陽菜はハッとした。
「すみません」
「うん?」
「俊哉さんは私なんかよりずっと大変なお仕事をしているのに、つまらない愚痴を聞かせてしまって」
 愚痴っぽい母にうんざりしているのに同じことをしてしまったと思い、自己嫌悪におちいる。しかし俊哉は首を横に振った。
「陽菜が頑張ってるって話でしょ。つまらなくなんかないよ。俺も自分の仕事を頑張ろうと思える」
「俊哉さん……」
 なんて素敵な捉え方をしてくれるんだろう。こんなこと言われたら、なおさら好きになってしまう。
「ありがとうございます」
「いえいえ。そういえばいま立てているマンション、共用部に図書室を作ることになったんだ」
「えっ、マンション内にですか?」
「うん。いまって独自性のあるマンションが求められているから企画をいろいろと考えていたんだけど、陽菜と出会って図書室の案が思い浮かんだ。総戸数四百五十の大規模マンションで、蔵書は一万冊くらいにする予定」
「一万……だと、かなり思い切った選書をする必要がありますね」
「やっぱりそう?」
「一般的な公立図書館で、一館辺りの蔵書は十五万くらいあるので。専門書はあまり読むひとがいないでしょうからいっそなくしてしまって、子供の本は多めに。料理や旅行も需要が高そうです。小説は話題の本をいち早く借りられるようにしたいですね。雑誌も少しはあった方が定期的な利用の促進になりそう」
 ときにつらいことがあったり、雇用形態に不満があったりしても、なんだかんだで図書館の仕事は好きなので、こういう話をしていると元気が出てくる。
「司書はどうするんですか? 一万の蔵書でひとり雇うのは厳しいですよね」
「コンシェルジュをふたり体制にして、そのうちひとりに司書を兼任してもらう形でいこうかと思ってる」
「なるほど」
 それにしても、マンションのなかに図書室があるなんて羨ましい。そんなマンションで暮らす子供はしあわせだろうなと思う。天気や親の機嫌が悪くても図書室へ行けば楽しい世界が広がっているから。
「陽菜はどうして司書になろうと思ったの?」
「図書館の本って、タダで借りられるんですよ」
「そうだね」
「漫画や雑誌もありますし。どこにも連れて行ってもらえなくても、図書館に行けば外国どころか魔法の国にだって行けました。お金のない家で育った私にとって、図書館は夢の詰まった大事な場所なんです」
 だからどうしても司書になって、図書館を子供たちの居心地がいい場所にしたかった。
 司書の正職員になるのが狭き門だということは、大学に入ってから知った。暮らしのことを考えれば、司書にこだわらず一般企業に正社員として就職するべきだった。でもどうしても諦めきれず、非正規でもいいからと司書の職にしがみついた。
 大学を出てから二年半、司書の仕事とファミレスのアルバイトと公務員試験の勉強をこなした。正直、体力的にかなりきつかった。勉強に手が付けられず、寝落ちすることも多々あった。アルバイトを辞め、料理以外の家事からもほぼ解放されたいまは、毎日集中して勉強できている。なにもかも俊哉のおかげだ。
「……ありがとうございます」
「どうしたの、急に」
「私が司書の正職員になる夢を諦めなくてよくなったのは、俊哉さんのおかげです」
「俺の方こそありがとう」
「え?」
「頑張っている陽菜を見ていると、自分も頑張らなきゃって思えるんだ。結婚前よりずっと生き生きしているってこの前秘書に言われた。陽菜のおかげだよ」
 テーブルに置いた手を、俊哉が握ってきた。
 俊哉の温かい言葉と体温に、胸がぽかぽかしてくる。
 結婚にまったく夢を見ていなかったはずなのにこんなにしあわせでいいのだろうかと、少しだけ怖くなった。
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