愛なき凸凹夫婦だったのに、生まじめ妻は御曹司の熱情愛に堕ちる
食事のあとは俊哉が車で家まで送ってくれた。
外階段手前にある集合ポストのなかを、数日ぶりに確認する。
ほとんどがチラシやダイレクトメールだが〝親展〟と書かれたアパートの管理会社からの封書が一通あった。
急いで二階へと階段を駆け上がり、封を開けてみる。
予想したとおり、来月の契約更新に関する書類だ。しかし書いてある更新料が予想どおりではなく「えっ」と声が出た。
更新料だけではない。来月からの家賃も、同じように一万円上がっている。
昨今の社会情勢では家賃を値上げせざるを得ず、なんて書かれているが、一万円ものアップは正直痛いなんてものじゃない。
いまだってギリギリのカツカツだというのに、これ以上どうやりくりしろというのか。
陽菜は夜の店で働く自分を想像した。着慣れないドレスを着て、男性にお酒をついで、笑顔でお喋りを──。
「いやいやいや、無理無理無理」
人間には向き不向きというものがある。ずっと本の話をしていてもいいならいけるかもしれないが。
くしゃっ、と、音がした。
無意識で契約更新に関する書類を握りつぶしていたようだ。そんなことをしてもどうにもならないのに。
そのとき、ブーンと鞄に入れていたスマートフォンが震える音がした。取り出して画面を見る。ついさっきわかれたばかりの俊哉からメッセージが入っていた。
『今日は話を聞いてくれてありがとう。返事は急がないけれど、前向きに考えてくれると嬉しい。おやすみ』
たっぷり五分間、陽菜は俊哉からのメッセージを見つめていた。
俊哉と一緒に暮らせば、アパートの契約を更新しなくて済む。一万円のやりくりで心を悩ませる必要もなくなる。
陽菜は俊哉と暮らしている自分をイメージしようとしてみたが、うまくできなかった。なにせ昨日初めて会ったひとなのだ。いいひとだとは思うが、どんな日常生活を送っているのか想像できない。
所持している車や着ているもの、高そうなバーに行き慣れていた感じからいって、金銭的に余裕がありそうだとは思う。
もちろん百パーセント頼るつもりはないけれど、少しは甘えてしまってもいいのだろうか。いやいや、でも。結婚ってそういうものじゃないだろう。
……そうでもないのか?
まっとうな夫婦のロールモデルが身近にいなかったのでよくわからないが、巷で見かける夫婦は必ずしもラブラブというわけではないように見える。
信頼関係さえ築ければ、恋愛感情がなくても夫婦としてやっていけるだろうか。昨日知り合ったばかりでお互いのことをほとんど知らないのに、信頼関係もなにもないか。
出会ってからいままでの俊哉の言動を思い起こす。
突拍子もないことを言うひとではあるが、行動は紳士だし、言葉に嘘はないように思う。ユーモアもある。そして陽菜は彼にまだ愛情と呼べるほどの感情を抱いてはいないが、好意は持っている。
「……よし」
さんざん迷ってから、陽菜は俊哉の連絡先をスマートフォンの画面に表示し、電話をかけた。
もう日付の変わりそうな時間だったにもかかわらず、俊哉はワンコールで電話に出た。
『はい』
「あっ……その、えっと」
自分から電話しておいて、緊張のあまりうまく話せない。対照的に、俊哉は落ち着いている。
『今日は付き合ってくれてありがとう。電話をくれたのも嬉しい』
「あ、いえ……」
ふたりの間に沈黙が流れる。
それは気まずいものではなかったので陽菜もだんだんと落ち着きを取り戻した。
「あの……さきほどのお話しの件なんですが」
『うん』
「お受けさせていただきます」
言った。
これでもう、あとには引けない。
『そうか、ありがとう』
俊哉の声は本当に喜んでいるように聞こえた。
『さっそく引っ越し業者を手配するよ。次の休みはいつ?』
「木曜日です」
『よかった、俺も休みの日だ。らくらくパックで頼むから、きみは荷物の搬出の立ち合いだけしてくれたらいいよ』
出会って一週間も経たないうちに同居がはじまるとは。アパートの更新日までに引っ越せればとは思っていたが、それ以上のスピード感に驚く。
「わかりました。あ、冷蔵庫とか電子レンジとかはいらないですよね?」
『そうだね、基本的な家電製品はふたり暮らしで十分なサイズのものが揃っていると思う。もし足りないようなら、新しく買おう』
「はい」
俊哉と話しているうちに陽菜はわくわくしてきた。
好きなひとと暮らせるというドキドキ感はないが、新しい生活がはじまるという高揚感はある。
「あの……これから、どうぞよろしくお願いします」
『こちらこそ。まあ結婚といっても寝室は別だしあくまで同居みたいなものだから、あんまり構えないで気楽に来てくれればいいから」
「は、はい」
寝室が分かれていると聞いてホッとした。
そうだ、これは同居なのだ。そして俊哉は同居人。お互いにメリットがあるから結婚という形をとるにすぎないと陽菜は改めて自分に言い聞かせた。
外階段手前にある集合ポストのなかを、数日ぶりに確認する。
ほとんどがチラシやダイレクトメールだが〝親展〟と書かれたアパートの管理会社からの封書が一通あった。
急いで二階へと階段を駆け上がり、封を開けてみる。
予想したとおり、来月の契約更新に関する書類だ。しかし書いてある更新料が予想どおりではなく「えっ」と声が出た。
更新料だけではない。来月からの家賃も、同じように一万円上がっている。
昨今の社会情勢では家賃を値上げせざるを得ず、なんて書かれているが、一万円ものアップは正直痛いなんてものじゃない。
いまだってギリギリのカツカツだというのに、これ以上どうやりくりしろというのか。
陽菜は夜の店で働く自分を想像した。着慣れないドレスを着て、男性にお酒をついで、笑顔でお喋りを──。
「いやいやいや、無理無理無理」
人間には向き不向きというものがある。ずっと本の話をしていてもいいならいけるかもしれないが。
くしゃっ、と、音がした。
無意識で契約更新に関する書類を握りつぶしていたようだ。そんなことをしてもどうにもならないのに。
そのとき、ブーンと鞄に入れていたスマートフォンが震える音がした。取り出して画面を見る。ついさっきわかれたばかりの俊哉からメッセージが入っていた。
『今日は話を聞いてくれてありがとう。返事は急がないけれど、前向きに考えてくれると嬉しい。おやすみ』
たっぷり五分間、陽菜は俊哉からのメッセージを見つめていた。
俊哉と一緒に暮らせば、アパートの契約を更新しなくて済む。一万円のやりくりで心を悩ませる必要もなくなる。
陽菜は俊哉と暮らしている自分をイメージしようとしてみたが、うまくできなかった。なにせ昨日初めて会ったひとなのだ。いいひとだとは思うが、どんな日常生活を送っているのか想像できない。
所持している車や着ているもの、高そうなバーに行き慣れていた感じからいって、金銭的に余裕がありそうだとは思う。
もちろん百パーセント頼るつもりはないけれど、少しは甘えてしまってもいいのだろうか。いやいや、でも。結婚ってそういうものじゃないだろう。
……そうでもないのか?
まっとうな夫婦のロールモデルが身近にいなかったのでよくわからないが、巷で見かける夫婦は必ずしもラブラブというわけではないように見える。
信頼関係さえ築ければ、恋愛感情がなくても夫婦としてやっていけるだろうか。昨日知り合ったばかりでお互いのことをほとんど知らないのに、信頼関係もなにもないか。
出会ってからいままでの俊哉の言動を思い起こす。
突拍子もないことを言うひとではあるが、行動は紳士だし、言葉に嘘はないように思う。ユーモアもある。そして陽菜は彼にまだ愛情と呼べるほどの感情を抱いてはいないが、好意は持っている。
「……よし」
さんざん迷ってから、陽菜は俊哉の連絡先をスマートフォンの画面に表示し、電話をかけた。
もう日付の変わりそうな時間だったにもかかわらず、俊哉はワンコールで電話に出た。
『はい』
「あっ……その、えっと」
自分から電話しておいて、緊張のあまりうまく話せない。対照的に、俊哉は落ち着いている。
『今日は付き合ってくれてありがとう。電話をくれたのも嬉しい』
「あ、いえ……」
ふたりの間に沈黙が流れる。
それは気まずいものではなかったので陽菜もだんだんと落ち着きを取り戻した。
「あの……さきほどのお話しの件なんですが」
『うん』
「お受けさせていただきます」
言った。
これでもう、あとには引けない。
『そうか、ありがとう』
俊哉の声は本当に喜んでいるように聞こえた。
『さっそく引っ越し業者を手配するよ。次の休みはいつ?』
「木曜日です」
『よかった、俺も休みの日だ。らくらくパックで頼むから、きみは荷物の搬出の立ち合いだけしてくれたらいいよ』
出会って一週間も経たないうちに同居がはじまるとは。アパートの更新日までに引っ越せればとは思っていたが、それ以上のスピード感に驚く。
「わかりました。あ、冷蔵庫とか電子レンジとかはいらないですよね?」
『そうだね、基本的な家電製品はふたり暮らしで十分なサイズのものが揃っていると思う。もし足りないようなら、新しく買おう』
「はい」
俊哉と話しているうちに陽菜はわくわくしてきた。
好きなひとと暮らせるというドキドキ感はないが、新しい生活がはじまるという高揚感はある。
「あの……これから、どうぞよろしくお願いします」
『こちらこそ。まあ結婚といっても寝室は別だしあくまで同居みたいなものだから、あんまり構えないで気楽に来てくれればいいから」
「は、はい」
寝室が分かれていると聞いてホッとした。
そうだ、これは同居なのだ。そして俊哉は同居人。お互いにメリットがあるから結婚という形をとるにすぎないと陽菜は改めて自分に言い聞かせた。