愛なき凸凹夫婦だったのに、生まじめ妻は御曹司の熱情愛に堕ちる
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 移動中の車のなかで、渡會俊哉は現在進行中のプロジェクトである某駅前再開発の資料をタブレットで眺めている。
「計画がおおむね順調なのはいいが、マンションの売りどきについては迷ってしまうな」
「かなり問い合わせの電話がきてるらしいですよ。まだ着工前なのに」
 秘書兼運転手の矢沢が前を向いたまま言った。
 再開発区域のおおまかな計画はできあがりつつあるが、区域内に建つマンションは図面すらまだできていない。全室ファミリー向けにするか、単身者向けの住戸も作るか、今日の会議でも意見が割れた。
 ファミリー向けで一般的な広さである七十平方メートルを基本とすると、立地から考えて一億円を超える。だったらいっそ富裕層に的を絞って一億五千万円平均になるよう部屋を作ってはどうかという意見まで出た。
「都内の新築マンション価格は、どこも暴騰してますね。もっと上がるのを待って、竣工しても売りに出さない新築物件があるくらいですもの」
「あんまり健全な話ではないよな。一部の富裕層しか分譲マンションを買えないなんて」
「よく言うよ、一部の富裕層でもなかなか買えないような物件に住んでいるくせして」
 矢沢が軽口を叩いてくる。彼は俊哉と大学時代の友人なので、ふたりきりのときは気安い口をきいてくるのだ。家にも何度も遊びにきたことがある。
「まあちょっと広いよな。初めて見たら驚くのはわかる」
 陽菜が引っ越してきた日の驚きっぷりを思い出し、フフッと笑ってしまう。
「奥さんの話か? お前のことだから、引っ越してくるまで一度も家を見せなかったんだろ」
「正解」
「悪趣味なやつめ」
「逆結婚詐欺を疑われたよ。逆ってなんだかよくわからないけど」
「しかしなあ……惚れてるわけじゃないんだろう? 本当に大丈夫なのか?」
「なんだよ、婚姻届けの証人欄にサインしてくれたじゃないか」
「したけどさ」
「おもしろい子だよ。ほぼ初対面の男と結婚するなんて大胆な面もあるのに、真面目でお金に細かい。これから楽しくなりそうだ」
 幼稚舎から大学までエスカレーター式で進学した俊哉のまわりにはいままでいなかったタイプだ。
 それにしてもと、昨日指輪を買いに行ったときのことを思い出す。
 一刻も早く配偶者を得たかったため、直感でいいと思った陽菜を口車に載せて妻にしたわけだが、ジュエリーショップでエンゲージリングをはめたときの陽菜は目をキラキラさせていて、びっくりするくらいかわいかった。
 値段を言うと全力で遠慮してきそうだったので、店員を巻き込んで内緒にした。
 そしてマリッジリングは、同じブランドの定番のものを注文した。こちらは内側に誕生石を埋め込んだり刻印をしたりするので、できあがるまで二か月以上かかるらしい。
「これで『近いうちに結婚する』ってあちこちで話していたのが嘘にならなくて済むし、よかったよ。親の動きも煩わしかったし」
 母親はなんとか駆け落ちした幼馴染みを連れ戻そうと興信所を使いそうだったし、父は他の女性を急いで見繕おうとしていた。まったく勘弁してほしい。
「そういや親御さんにはもう話したのか?」
「いや、まだ」
「おいおい、勝手に入籍したのか……揉めなきゃいいけど」
「電話で済ませる話でもないし、週末に直接話しにいくよ。多少は揉めるだろうけど」
 揉めたところでもう婚姻届けは出してしまっている。
 俊哉は開き直るつもりでいた。
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