断罪を逃れた転生令嬢は辺境で商才を発揮します

【書籍化記念!番外編】女船長の祝杯【ベリーズカフェ様オリジナル】

「ルチアさんって、ほんとカッコいいですよねぇ~」


と、わたしを褒めながら祝杯を傾けてくれるのは、ミカン農家の娘のエリカだ。

いや、今や〈新進気鋭の若手事業家〉のエリカ様と呼んでもいい。

カロリーナ様が出資した船員や荷役人夫向けの食堂を成功させ、さらに出資を仰いでジャム工房とケーキ店を経営している。

ジャム工房への出資をお願いするときには、わたしにも事業計画書へのアドバイスを求めにきてくれた。


「……帝国への輸出には回せない規格に合わないミカンでも、ジャムにしたら売れるんじゃないかと思って……」


と、試作品を持ってきてくれたのだ。


「おっ、美味しいねぇ~っ!」

「ほんとですか!? ……ルチア船長や帝国の方々のご意見をおうかがいしたくて」

「そうだなぁ……、もうすこし甘さを抑えた方が、帝国では好まれるかも……」

「あっ! そういうご意見が、とても嬉しいです!」


カーニャ号の船員たちにも味見を頼んで意見を集めたら、ずいぶん喜んでくれた。

そうしてまとまった事業計画書をカロリーナ様がお認めになられ、今ではロッサマーレから出荷される主要な交易品のひとつになっている。

カロリーナ様の偉大なところは、エリカのような若い娘の挑戦でも、決して軽んじられることがないところだ。


「……偉そうな〈上司〉って、なんだかカッコ悪いでしょ?」


と、照れ臭そうにはにかまれたことがある。

そして、これがご縁となって、エリカとは、わたしがロッサマーレに寄港するたびに食事をする仲になった。


「そのカッコいいルチアさんが、ボロ泣きするんですから。……カロリーナ様、オロオロされてましたよ?」

「たはは……、つい感極まってしまって」


先日、広場での〈婚約報告会〉でカロリーナ様が嬉しそうに語られるお姿を拝見すると、これまでの経緯が次々に思い起こされて、気が付くと大泣きしていたのだ。

日を改め、エリカとカロリーナ様のご婚約をお祝いする、ふたりきりの食事会を開いた。

そして、エリカはわたしに、カロリーナ様とヴィットリオ殿下の話をせがむのだ。


「ふふっ……、いつも、あの調子だよ? おふたりとも飾らないご気性だし、船の上でも、シエナロッソでも変わらない」

「ええ~っ? でも、何かはあるでしょう? ルチアさんしかご存じない、おふたりのお話」

「う~ん……、そうだなぁ。船の上でも、いつも『結婚する?』『しないわよ』って、軽~い調子で言い合ってて……」

「ぷぷっ、そうなんですね」

「でも……、ヴィットリオ殿下の『結婚する?』に、カロリーナ様が『いやよ』って答えられたことは一度もないんだよね~、わたしが知ってる限り」

「うわ~っ! ……いいです! とても、いいです! そんなお話をもっと聞かせてくださいよ~、お祝いしようって会なんですからぁ~」


と、エリカが経営する食堂の奥の席で、ヒソヒソとおふたりの噂話に花を咲かせる。

エリカが拳を握る。


「こう……、高貴なおふたりが、ふつうなら際どい会話を……、すごく自然にされてるのが、なんとも……」

「ふふっ。わたしが最初にお会いした頃には、もうあんな感じで……、呆気に取られるというか、クスクス笑っちゃうというか……」

「ねえ! 三大公爵家ですよ!? 帝国の方には馴染みがないかもしれませんけど、下手したら王家をしのぐ権勢とも言われる高貴なお家柄のご令嬢が……、ねえ!?」

「こっちも皇太子殿下だよ? すごく気さくな方だけど、女性にはあんな風にアプローチするんだなって……」

「え? ……誰にでも〈ああ〉じゃないんですか?」

「そうなんだよ~、あんまり自然だから、そう思っちゃうでしょ? ……あれはカロリーナ様の美貌に緊張されてのことなんじゃないかって、みんなで噂してたんだよ」

「うわ~っ! 不器用~っ!」

「ふふっ、そうなんだよ~」


最初の驚きときたら、それはもうたとえようがない衝撃だった。

大帝国ラヴェンナーノの皇太子殿下が、公衆の面前で、


『結婚しようよ~』


と、プロポーズするのだ。

皇太子殿下のご結婚など、帝国を揺るがす一大政治イベントだ。

それをサラリと、


『しないわよ』


と受け流す、あまりに美しい公爵令嬢カロリーナ様。ときには砕けた笑みで、イッと舌を突き出されることもあった。


「……初航海のあとでね」


と、エリカに声を潜めた。


「は、はい……」

「……カロリーナ様からお礼にって、高級レストランにご招待していただいて、失礼のないようにってドレスを着て、ヴィットリオ殿下とおうかがいしたんだけどね」

「ええ……」

「ひと目で『あっ! これ、カロリーナ様に誤解されちゃったな!』って分かる表情をされてて」

「……ん? 誤解って?」

「あ、えっと……、わたしがヴィットリオ殿下の愛人? 的な?」

「ああ~っ! ルチアさん目鼻立ちがしっかりされててお化粧映えしそうですもんねぇ~っ!」

「はははっ。……わたしのことはいいんだけど、カロリーナ様の態度は妙によそよそしくなるし、そうなったらヴィットリオ殿下もいつもの調子が出なくて……」

「うぷぷっ……」

「今だから笑い話だけど、そのときはもう必死で……。ヴィットリオ殿下にウインクで合図しても、全然気が付いてくれないし、カロリーナ様はどんどん冷たい空気になってくるし……」

「へ、へぇ~」

「交易の話になって、侍女のリア様が乗り気になって『ここだ!』と思って」

「はい」

「もう必死で、こう……、ふだんの船長らしくというか、少年っぽくふる舞って」

「ぷぷっ……、ドレス着て、高級レストランなのに?」

「それも、真っ赤なドレス」

「うわ~っ! のぞきに行きたかったぁ~!」

「……もう、まわりの客の視線なんかお構いなしで『ぜひ、わたしに船長を任せてください!』って身を乗り出して……」


あのときほど冷や汗をかいたことはない。

大嵐に遭って船が沈没しかかったときでさえ、あそこまでは焦らなかった。


「そんなにですか?」

「……考えてもみてよ。皇太子殿下と公爵令嬢だよ?」

「あっ……、ほんとですね」

「わたしのせいで、高貴なおふたりの……、こう、とても不器用な可愛らしい恋が壊れたなんてことになったら……」

「悔やんでも悔やみきれませんねぇ……」

「そうなんだよ~っ! ……どうにか、わたしとヴィットリオ殿下が〈そういう仲〉じゃないってことは、カロリーナ様に伝わったんだけど……」

「ふふっ、よかったですね」

「……店を出るとき、侍女のリア様に肩をポンポンッて」

「はははっ、リア様っぽ~い!」


船員たちも含め、みんなで温かく見守ってきたおふたりの恋が、無事にゴールを迎えたことが嬉しくてたまらない。


「あっ、ルチアさん。また、目に涙が浮かんでますよ?」

「ふふっ、ほんとだ。……もう、ほんと、ず~っと! じれったくてさっ!」

「……ほんとですね」

「お互いの気持ちがすれ違ったままにならなくて、本当によかったよ……」


エリカとの祝杯は、食堂を閉めた後も夜更け過ぎまで続いた。

カロリーナ様とヴィットリオ殿下のことは、話しても話しても、話が尽きない。

きっと、これからも、わたしとエリカはヒソヒソと、おふたりの幸せを酒の肴に杯を傾け続けるのだ。

カロリーナ様、ヴィットリオ殿下。どうぞ、末永くお幸せに――。
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