妹に虐げられて魔法が使えない無能王女は、政略結婚でお飾り王太子妃になるはずなのに俺様王太子に溺愛されています
 季節は春になり、多くの花々が咲き誇っている。春とはいえ、暑い日が多いパイロープ国は日差しが強く、晴天が続いてすでに初夏のような気温が続いている。
 ディエゴは式典から帰り、父王、ステファノの容態が良くなると話をするためにステファノの執務室をおとずれる。執務室の扉を勢いよく開き、ディエゴは返事を待たずに入室する。
 「父上。風の国、スフェーン国の王女、ルフェーヌ王女と婚約します」
 ディエゴに突拍子もない事を言われるが、ステファノは慌てずに答える。
 「待て、ディエゴ。お前はいきなり何を言っている」
 「スフェーン国の王女、ルフェーヌ王女と婚約します」
 ディエゴは同じ言葉を繰り返す。
 「わしの許可なしに婚約は認めん。お前の婚約は水の国の王女と話を進めようとしていた所だ。ディエゴの言う、その婚約は我が国の利益になる結婚になるのだろうな?」
 パイロープ国は国王が独裁的な政治をする事がある。ディエゴの水の国の王女との婚約も国の利益のために国王であるステファノの独断で進めようとしている。
 ステファノは鋭い視線でディエゴを凝視する。ステファノの横にいる宰相は焦りの表情に変えるが、ディエゴは表情を変えずに言葉を続ける。
 「もちろんです。王太子の俺がいずれこの国を統治するために必要とする王女です」
 ディエゴはハッキリと言葉にする。
 「お前の言う事は分かったが、この国の国王は私だ。国の利益を優先する」
 ステファノは水の国の王女との婚約の方が有益と考えている。炎の国、パイロープ国は気温が高い日が多く、水は大事な資源である。パイロープ国は水の国の王女と政略結婚をする事が多い。ディエゴもその事を理解している。
 「ならば決闘をしましょう」
 「なに?」
 ステファノは耳を疑い、余裕の表情は消えて険しい表情に変わる。
 非公開とはいえ、国王に決闘を申し込む事は国王の意を反する事である。
 古くから戦いの国であるパイロープ国では意見が対立する時、決闘で決める文化がある。
 王室では政権を任意の人物へ譲渡する形と決闘の勝者に政権を渡す伝統がある。
 国王の意見に従わず、国王に決闘を申し込むという事は政権交代の意味も兼ねるが、近年は決闘で政権を譲渡する事を行っていない。
 ディエゴ自身も決闘を申し込む事の重大さを分かっており、ステファノに申し込んでいる。
 「俺が勝てばルフェーヌ王女と婚約する。父上が勝てば父上の言う通りに致しましょう」
 ステファノはディエゴの発言を鼻で笑う。
 「子供の頃から反抗的だったが、ここまでとはな」
 「俺は言いなりになるのが嫌いだ。それは父上もよく分かるでしょう」
 ディエゴは気にせず、不敵な笑みを浮かべる。
 「つくづく生意気な子供だ」
 ステファノは子供の反抗期が続いていると捉え、余裕のある表情で呟く。
 「俺は政権交代をしたい訳ではありません。決闘は非公開で行いましょう」
 「非公開とは、私がお前に負けるとでも思っているのか」
 「思っていなければ、決闘など申し込みません」
 その時を境にディエゴとステファノは対立した。決闘は一ヶ月後に行われる事になった。
 決闘は正々堂々と戦うのが礼儀とされている。相手への妨害は御法度だ。
 ステファノは国王として父の威厳としてディエゴに負けるわけにはいかなかった。ステファノは自身の魔法力を強化させる魔法薬を過剰摂取する。
 ディエゴは冷静に日常を過ごしていく。今は深夜の寝室でベッドの端に座り、苛立ちを抑えている。
 ステファノに勝つ自信はあるが、ディエゴは緊張で神経が高ぶって苛立ち、眠れない日々が続く。ディエゴは緊張するなど自分らしくないと、かぶりを振って苛立ちを追い払おうとする。
 「ルフェーヌ……」
 ディエゴはルフェーヌの手を握った時の事を思い出す。小さな優しい手はあの時と同じあたたかさをしている。
 ディエゴは美しく成長したルフェーヌの姿を思い出して冷静さを保った。

 一ヶ月が経ち、あっという間に決闘の日がやってきた。決闘はデュエロテアトルム闘技場で行われる。
 決闘は極秘扱いで観客は一切いない。ステファノの部下やディエゴの関係者もごく少数しか集められていない。
 ディエゴとステファノは正装で闘技場に立つ。腰には剣が下げられている。関係者は観客席から結果が出るのを待つ。
 ディエゴは闘技場へ踏み入れた瞬間から魔法力を吸い取られるような感覚を覚える。ディエゴは魔法力を減少させる魔法を使われ、魔法力を奪われている。闘技場内のどこかにディエゴの魔法力を奪う魔法陣が書かれているだろう。
 人の魔法力を減少、奪い取る事は罪になる。ステファノはバレないと思い使っているのか、勝てば権力でうやむやにできると思い使用しているのだろうか。
 観客席の関係者は誰も気づいていない。ディエゴは申告せずに何も気づかない素振りで闘技場の定位置へ進む。
 ディエゴとステファノは定位置につき、一礼をすると刀を抜く。ステファノの剣は炎を纏い、燃えている。ディエゴの剣は赤く熱を持ったようにブレードが明るく光り、空気が熱で揺らいで火の粉が舞っている。
 審判の合図で決闘が始まる。激しい戦いが繰り広げられている。剣がぶつかる度に火の粉が舞い、戦いの激しさを表している。
 両者一歩も譲らず、接戦が続いている。
 水属性のステファノの部下が隙を見て加勢しようと、ディエゴへ水魔法を唱えようとする。ディエゴはそれを見逃さず、その人物へ炎魔法を使い、火だるまにする。ステファノや他の部下、関係者は一斉に火だるまになった人物を見る。
 ステファノの部下は自身が火だるまになりパニック状態になる。慌てて炎を払おうとするが火だるまになっており、炎を払おうにも払えない。
 「お前は俺に焼き殺されたいのか?」
 ディエゴは眉根を寄せた鋭い視線で関係者を睨む。ステファノの部下の炎は次第におさまっていき、火傷ひとつ負わず何ひとつ燃えていない。
 「お前はーー」
 ステファノはためらわず人へ魔法を使って燃やす行為、対象を燃やさないという高等魔法を使うディエゴに驚愕する。
 「そっちがその気なら、俺が全てを燃やしてやる」
 闘技場は炎の海となった。観客席にまで火の手が及ぼうとしている。
 ステファノは剣を振り、ディエゴの炎を散らしながらディエゴと戦う。
 ステファノはディエゴの炎の勢いに押される。火力が強すぎて自身の炎の力を発揮できない。
 「そんな威力の弱く温い炎では俺には勝てない」
 ディエゴはステファノの剣を赤く熱を持つ剣で切り落とした。切り落とされた反動でステファノは尻餅をつく。ディエゴは素早くステファノの喉元へ剣先を向ける。ステファノの表情は恐怖でこわばっている。切り落とされた剣は地面に落ち、ディエゴの炎に包まれる。
 「勝者、ディエゴ王太子殿下」
 審判が判定を下し、決闘の勝負がついた。闘技場の炎は消え、涼しい風が吹き抜ける。
 「な、なぜ……」
 ステファノは非公式とはいえ、国王として父としてディエゴに負ける訳にはいかなかった。
 ステファノは部下を使い、闘技場のどこかににディエゴの魔法力を奪う魔法陣を仕込んでいた。そして部下に隠れて加勢をするように命令していた。
 ステファノは決闘の礼儀を欠くどころか魔法力を奪うという犯罪まで犯してディエゴに負けてしまった。
 パイロープ国では特に魔法力を重要視されているため、それを奪う事は重罪とされている。
 何も言い訳できないステファノは自問する。自身の衰えなのか息子が強すぎたのか。青年時代の最盛期ほどではないが、衰えは感じていなかった。
 「俺が強すぎた。それだけの事だ」
 ディエゴは剣を鞘に収め、尻餅をついているステファノを見下ろす。
 「大したことなかったな。子供の頃は父上に憧れていた時期があったがな」
 ステファノを見下ろしながら遙か過去を話すディエゴにステファノは屈辱で顔を歪める。
 「決闘に負けたんだ、国王でも今後は俺の発言に従ってもらいます。まだ政治に口を出したりしませんからご安心ください」
 ディエゴはそれだけ伝えるとステファノに背中を向ける。
 今後ディエゴは国王の命令、意志などに反論する権利を持つ。国王の許可なしに自分の命令、意志を通せることになり国王でも従わせることができる。
 ディエゴは事実上、パイロープ国で最高位の権力を持つ事になる。国王でさえ、誰もディエゴには逆らえない。
 「ここまでして手に入れようとするルフェーヌ王女とは一体……。ディエゴ、お前の何なのだ」
 ディエゴは振り返り、答える。
 「俺に必要な女性です」
 ディエゴは静かに答える。
 「ディエゴ、お前は若い頃の私によく似ている」
 ステファノは諦めたように自嘲する。
 「父上、俺はルフェーヌ王女と婚約します」
 ディエゴはステファノに婚約を宣言すると闘技場を去った。
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