部長と私の秘め事

幸せになるために

 映画好きの彼らしく、家では複数の配信を契約してるみたいで、大抵のものは見られるそうだ。

 彼はその中でも特にお気に入りの映画のブルーレイディスクを買って、コレクションしている剛の者だ。

 再生された映画『マレーナ』は、戦時中のイタリアを舞台にした2000年公開の作品だ。

 若くて美しい未亡人のマレーナは、町中の男性の視線を釘付けにし、主人公の少年レナートからストーキングと言っていいほど執拗に観察されている。

 歩いているだけで『いいケツ』と言われて口笛を吹かれ、少し綺麗な服を着ているからといって、質素な服を着た女性たちからは『ふしだら』扱いされる。

 マレーナは戦死した夫に操を立て、目の見えない父の面倒を見ているだけなのに、周囲から様々な人と関係していると思い込まれている。

 やがてとある事件を経て、マレーナは娼婦になってしまう。

 髪を短くして染め、体のラインが出る服を着た彼女が煙草を出せば、周囲にいる男性が〝期待〟して火を差しだしてくる。

 その後、彼女は事情によって街を去ったが、マレーナとしてはハッピーエンドに終わる。

 けど、見ていた私としてはどこかモヤモヤが残るラストだった。

「……なんか、戦時中を題材にした映画っていうのもあるけど、色々酷いですね。時代的にこういうものって事は分かるんですけど、あまりにも色んなものが露骨で……」

「まあな。でも現代でもこういう価値観の人がいるのは確かだ。それに、女が女に嫉妬して攻撃するのは今も同じだろ? 男が美しい女性の内面を知ろうとせず、『妖艶な彼女なら経験豊富で多数の男と関係しているに違いない』と思い込むところとか」

「……そうですね」

 映画を見た上でこの話になり、昼間に尊さんが例え話としてこの作品を出した理由が分かった。

 ここまで露骨ではないけれど、根幹となる感情は同じだ。

「ある意味、教訓なのかもしれないですね」

 理解したは理解したけど、愉快な映画ではないのでなんとなく気持ちが暗くなってしまった。

「……尊さん、チッス」

 私はソファに座った彼の腰をまたぎ、チュッチュッとキスをする。

「よしよし」

 彼は微笑んでキスに応じながら、リモコンを操作してムードのあるジャズを流し始めた。

 私はゆったりとしたジャズを聴きながら尊さんの唇をついばみ、舌を吸われる。

 ドキドキして体が熱くなった頃、私は溜め息をついて彼の肩口に顔を埋めた。

 今日はニットワンピースだから、一枚脱ぐなんてできない。脱いでしまったらゴングが鳴ってしまう。

 尊さんもそれを分かっているからか、黙って私を抱き締めていた。

 本当はタイミングなんて関係なく愛し合いたいけど、ご飯を食べに行くとか予定を立てたのが台無しになると、あとで反省会になってしまう。

 なので私から『抱いて!』とアピールする時は、あとは寝るだけという時に決めている。

 私はムラムラを誤魔化すように話題を変えた。

「……亮平を説得してくれて、ありがとうございます」

「ん? あぁ、お安いご用だよ。本当はもっとビシッと言ったほうが良かったかもしれないけど、今後の事を考えて友好的な手段をとっておいた。期待に添えなかったら悪かったな」

「ううん。私はカッとなっちゃったけど、尊さんはとても大人な対応をしてくれました。あなたの対応を見ていると、自分がとても子供っぽく思えて恥ずかしくなりました」

 そう言うと、尊さんはフハッと力が抜けたように笑った。

「本当はガツッと言いたかったけどな。あんなふうに電話を切られたら、犯罪に巻き込まれたのかと思って心臓が止まっちまう。それに朱里がずっと嫌な思いをしてた件についても腹が立つ。何してくれてるんだよ、って思うよ、そりゃ」

 そこまで言い、尊さんは長く細く息を吐いた。

「……でも、殴って怒鳴って終わり、は駄目だ。一方がスッキリしても、もう一方はモヤモヤしたままだ。平和的に解決するには、双方の納得が必要になる」

 彼は溜め息混じりに言って、トントンと私の背中を叩く。

「俺さ、もう気持ち的にはお前の夫になってるんだよ。だから上村家と諍いを起こしたくない。俺たちの間に子供ができたら、上村家の皆に『可愛いね』って全力で甘やかしてほしい。子供には少しでも幸せになってほしいんだ。……正直、篠宮家はどう反応するか分からないから」

 尊さんの言葉を聞き、私はギュッと彼を抱き締める。

「家族仲がいいのが、一番いい。何かあった時に助けてもらえるし、心のよりどころになってくれる。俺は金は持ってるけど、百パーセント精神的な安らぎを与えられるかは保証できない。実家の事もあるし、朱里が妊娠して不安定になった時、俺の言葉が神経を逆撫でするかもしれない。そういう時、気軽に実家に行ける環境は大切だよ」

「ん……」

 私は尊さんがそこまで考えていてくれたと知り、ポロッと涙を零した。

 本当に彼は愛情深い人だ。

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